第184話 絶望の淵で③

 今まで経験した事のない痛みを連続して受けた事で、アラタの精神は異常をきたし始めアサシンの毒によって無理やり鮮明になっていた意識も混乱状態になっていった。


(あれ……? 俺なんでこんな所で横になっているんだっけ? なんでこんなに身体が痛いんだ? なんでこんなひどい目にあっているんだ? もう……いい加減楽になりたい。こんな事がまだ続くのならいっそのこと――――)


 おぼろげな意識の中、ふと見るとそこには女性がいた。定まらなかった焦点が徐々に戻り、少しずつ女性の姿や表情が正確に見えるようになっていく。

 彼女は泣いていた。泣きながら必死に自分に声を掛けているようだが、その声は聞こえない。

 精神と意識が崩壊しかけていたアラタは彼女が誰なのかすぐに思い出せなかったが、悲痛な表情を見せる彼女をぼんやり眺めながら少しずつ思考が走り始めていた。


(ああ……なんて綺麗な娘なんだろう。なんで彼女は泣いているんだ? 彼女はもしかして俺を見て泣いているのか? 彼女は俺を知っている? 俺は彼女を……知っている? そうだ……俺は彼女を知っている。そう……彼女は……俺は今……!)


「反応が悪くなってきたな、そろそろ潮時か」


 私刑リンチに対し抵抗する事も声を上げる事もなくなったアラタに対しアサシンはつまらなそうな表情を見せ、彼を蹴り飛ばした。

 地面をしばらく転がり、止まった所でもアラタは先程までのように大声を出すわけでもなく地面を這い回る事もなかった。身体を丸くするように横たわりアサシンに背を向ける形になっているが、その身体はぴくりとも動かない。


「ついに死んだか? それとも痛みに耐えかねて精神がぶっ壊れたか? まぁ、それなりに楽しめたから良しとするか。今までの俺の私刑の中でもベスト5に入るほどには良かったぜ。 くくくくかかかかっかかかかかかかっかかか!!」


 アンジェは涙を流し、正気を失いそうになりながらもセスの治療を継続していた。それがアラタからの懇願とも言える命令であったから。だから、何が起きようともこの治癒術を中断するわけにはいかない。

 アサシンは動かなくなったアラタの所まで来ると、彼の髪を掴みそのまま身体を持ち上げた。最後にこの魔王の亡骸をメイドに見せて全員に止めを刺す。これで彼が作った一連のシナリオが完成するのだ。圧倒的な絶望を味合わせた後に与える終焉こそ最高の快感、この男の感性は歪みきっていた。

 まずはその魔王の死に顔を見ようと自分の顔の前まで引き寄せる。


「さてさて、どんな表情で逝ったのか見せてもらおうか。くかかかかかか…………か?」


 その時、つるし上げられた男と不気味な笑い声を上げる男の目が合った。髪を掴まれ持ち上げられた男は赤い瞳でもう一方の男を睨んでいる。

 そのまま右手をニヤつく男の胸に置いた。


「びゃく……れい……!! 吹っ飛べ、この……クソ野郎……!!」


「な――――!!」


 瞬間、放たれる白い閃光。ゼロ距離から発生した攻撃を躱す事は出来ずアサシンは白い光弾の直撃を胸部に受け後方に吹き飛ばされていく。

 そのまま家屋の瓦礫がれきと衝突すると同時に〝白零びゃくれい〟も臨界爆発し、非常な暗殺者は白い光の中に消えた。


「へ……へへ……ざまあみろ……こういうのを油断大敵って言うんだよ……」


 うつ伏せで地面に倒れながら、自らの攻撃の結果を見届けた魔王は長時間の私刑で満身創痍になった身体を何とか起こし、ふらつきながらもアンジェ達の近くにまで戻ってきた。


「ただいま、アンジェ……セスの治療を続けてくれてありがとう。色々見苦しいところを見せてごめんな」


 苦笑いを見せるアラタにアンジェは涙を流しながら首を横に振った後、笑顔を見せるのであった。

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