第170話 勇者の怒りは炎となって②

「まだだ! これで……どうだっ!!」


 群がる木々のむちは炎の剣で切り裂さかれ、スヴェンの進む道を赤く照らしていた。

 敵の不意を突く攻撃もシャーリーのプロテクションに防がれダメージを与える事も敵わず、弾かれ、燃やされ、消えない炎は本体の合成魔獣キメラを目指し侵食していく。

 攻撃手段をほとんど失ったイビルプラントは城壁に食い込ませていたツタを戻して、目の前にいる怒れる勇者に全力攻撃を仕掛けた。

 スヴェンは全速で合成魔獣目がけて突っ込みながら、相棒たる大剣に高密度の魔力を注ぎ込む。大剣の核である炎属性の魔石が魔力を増幅し、強化された炎の魔力が刀身に伝達される。

 今やスヴェンの大剣は持ち主の感情を表すが如く、赤く、熱く、激しく燃え盛っていた。


「地獄の業火よ! 焼き尽くせ!! ブレイズワイドォォォォォ! クリムゾン!!」


 全力の斬撃の瞬間に爆ぜる業火の魔力は、イビルプラントの残存するツタを一瞬で燃やし、本体である半獣半植物の身体を真っ二つにしながら断面から内部を容赦なく燃やし尽くしていく。

 

「ギャアァァァァァッァァァァァァァッァァ!!!!」


 ネクロマンサーの手によって生み出された、生命のない大樹は絶叫と共に裂き焼かれて消失し、その場には大きな焦げ跡のみが残っていた。


「はぁはぁ、くっ、やったぞ!!」


 東門を封鎖していた巨大なアンデッドを倒し、塞がれていて見えなかった門の外を視界に入れてスヴェンは拳を握りしめる。


「スヴェン! 避けて!!」


「え?」


 コーデリアの叫びも虚しく、敵を倒した直後の緊張の緩みで感覚が鈍っていたスヴェンの身体に巨大で素早い物体が直撃し、数十メートル離れた城壁に彼を叩き付けた。


「がはぁっ!!」


 受け身を取る暇もなく勢いよく衝突したダメージで、スヴェンは大量に吐血した。魔力が底をついていた影響でローブの防御力が低下した上での直撃は彼に致命的なダメージを与えていた。


「くっ、く……そ、一体どこ……から」


 かすむ視界で自分を吹き飛ばしたものの正体を必死に探ると、そこには信じがたいものがあった。

 地面に展開された巨大な魔法陣から、巨大な竜のむくろが姿を現していた。魔法陣から出てきているのは身体の上半身だけであったが、それでも十数メートルの高さはある。

 巨大な両手を地面に食い込ませて、残りの身体を外に出そうともがいている。スヴェンを吹き飛ばしたのは、その巨大な手であった。

 骸の竜の両目は赤く光っていたが、それは生命を宿したものではなかった。


「なんだ、あの目は……まさか、魔石の光か?」


 未だに襲い掛かってくるアンデッドを蹴り倒しながら、ジャックの表情はこわばっていた。

 この竜のアンデッドから放たれる魔力は尋常ではなく、先程スヴェンが倒した合成魔獣とは比較にならないプレッシャーを容赦なく勇者パーティーに叩き付ける。

 皆余力がほとんどない上に、スヴェンは重傷を負い息も絶え絶えになっている。その時、さらなる恐怖が彼らを襲う。

 ここから少し離れた場所――シェスタ城塞都市の中央部から、ここまで響くほどの咆哮と共に黒い竜が出現したのが視界に入ったのだ。

 広大な土地とは言え、1つの町に2体の竜の出現。奮闘する彼らの戦意を砕くのに十分な光景がそこにはあった。


「あはははははははははははははははは! いいねぇ、その表情が見たかったんだよ! イビルプラントを倒して満足しただろ!? そして、そこからの! 絶望っ!! 堪らないっ! 堪らないねぇー!! サイッコウ、の気分だよ!!」


 ガミジンは先程までイビルプラントがいた場所に佇み、これまで見せた事がないハイテンションと歪んだ笑顔を見せていた。

 心の底からこの状況を楽しんでいるその様は、絶望に打ちひしがれるスヴェン達にとって悪魔の笑みそのものであった。

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