第168話 シェスタ東門の悪魔③

 ガミジンは手にかけた命に対し気に留める素振りすら見せなかった。それは、この男が命を奪う行為に慣れすぎていたためかもしれない。

 そんな彼の異常性を垣間見た事で、スヴェン達は改めて破神教や十司祭の危険性を認識した。絶対にこのような危険な連中をのさばらせてはいけないと。

 意気込む彼らを他所よそにガミジンは思い出したように話を続けた。


「そう言えば、ここの北門にいた兵士も笑えたなー。アンデッドの騎士たちに気付かずに素直に門を開けちゃってさ、警戒心低すぎでしょ? まさか、騎士が何十人も安否不明になっていた事が伝達されていなかったのかな? だとしたら門番の連中は可哀想だったかもねー」


 北門の門番の話が出てきた瞬間に、アンデッドを切り捨てていたスヴェンの表情に変化が見られた。

 それは必死で怒りを抑え込もうとするような、悲痛なものであった。それに気が付いたガミジンの笑みは一層歪んだものになる。


「あれれ? スヴェン~、もしかして北門の門番とは仲が良かったのかな~? だったら、あいつらがどのように最期を迎えたか丁寧に教えてあげるよ。確か門番2人のうち1人は中年の男で、もう1人の若い奴を逃がそうとしていたけど瞬殺されちゃってね、あっけないもんだったよ。その一方で、若い方は最後まで騒いでいたよ、『俺は騎士になるんだ』とか『この国を変えるんだ』とか、あとスラムがどうとか言ってたなー。あっ! そう言えば最後にはスヴェン、君の名前を何度も叫んでたよ。死ぬ瞬間までね、あははははははははは!」


「………………」


 殺めた門番達を嘲笑あざわらうガミジンは明らかにスヴェンを挑発している。それをコーデリアは胸が締め付けられるような気持ちで聞いていた。

 このシェスタ城塞都市にスヴェン達が到着した時、彼らは北門から町に入った。その時入場の手続きをしたのが、例の若者と中年の門番であった。

 その若者の門番はスヴェンと同じく王都のスラム出身であり、子どもの頃の遊び仲間でもあった。

 スヴェンが勇者の素質を認められスラムを離れた後に疎遠になっていたが、その若者は騎士になるべく地道に研鑽けんさんを積み現在は門兵としてシェスタ城塞都市に従事していた。

 数年ぶりに再会した2人は以前のように意気投合し、彼は王都のスラムの現状を改善すべく騎士を目指しており来月には昇格試験を受ける予定である事、同じスラム出身のスヴェンが勇者として活躍している事に影響され自分もスラムを救うという夢を持つ事ができたという話をしてくれた。

 スヴェンも昔ながらの友人の夢を応援していたのだ。そんな彼がこの卑劣な男の手によって無残な最期を迎え、その死を嘲笑われたのだ。

 スヴェンの心中を考えると、コーデリアはいたたまれない気持ちで胸が押し潰されそうになる。


「スヴェン…………」


「……大丈夫だ、コーディ。俺は冷静だ」


 スヴェンの固く握られた拳からは血が滴り落ちている。敵の明らかな挑発に乗らないように必死で理性を保っている事をパーティー全員が分かっていた。

 以前の彼ならば簡単にブチ切れて敵に突っ込み、フォローするのに苦労したものだ。魔王と知り合い勇者としての自覚が強くなってきてからは、周囲にも気を配るようになり感情の赴くまま戦う事はなくなっていた。

 そして今仲間に迷惑をかけまいと爆発寸前の感情を抑え込んでいるのだ。

 コーデリアがジャック、シャーリー、エルダーに視線を向けると皆同様に頷き、彼女もまた同じ動作を送り返した。

 そして――――。


「スヴェン! 行きなさい!!」


 コーデリアの突然の大声にスヴェンが驚いて彼女の方を見る。


「もう我慢しなくていい! 感情の赴くまま戦いなさい! 友達の命を弄ばれて冷静になろうとする必要なんてないわ! あなたの背中は私達が守る、だからその怒りを全てそのクズ男にぶつけなさい!!」


 スヴェンが仲間達を見ると、彼らは揃って頷く。仲間に背中を押され勇者の魂は今まで経験したことがないほどの熱さを解放する。


「「「行け! スヴェン!!」」」


「皆……! すまん……恩に着る!!」

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