第158話 トリーシャの機転

「……消えなさいな!」


 小パニックの3人に発射された結晶の氷柱つららは猛スピードで彼らを襲う。3人は散開し何とか攻撃をかわしたかに思えたが、その氷柱は地面に激突する前に軌道を変え、各々のターゲットを追尾し飛翔する。


「うそっ!? 追ってきた!!」


「なんと!?」


「あらあら、予想以上にとんでもない攻撃ねぇ」


 後ろから執拗しつように追いかけてくる結晶のミサイルから必死に逃げる3人。ブネはその姿を見ながら満足そうに笑みを浮かべている。

 

「ほらほら、頑張って逃げなさいな。気を抜いたら当たりますわよ」


 ブネはさらに結晶のミサイルを追加し、逃げ惑う3人に向けて発射する。どんなに逃げても追いかけてくる敵の攻撃は気が付けば最初の倍以上にまで数を増やしていた。


「まだ追ってくる! なんてしつこいの? 術者の性格のねちこっさを表現しているみたいね!」


「…………聞こえてますわよ!」


 トリーシャに対する結晶氷柱の数がさらに追加される。その数は既に10を超えていた。


「追加した!? 性格わるっ! ……それならっ!!」


 するとトリーシャはブネ目がけて移動を開始した。氷柱は変わらず彼女の後ろにぴったりと張り付いている。

 満月が照らす夜空を猛スピードで駆け抜けるルナールの少女。その美しい黄金の髪と尻尾が月明かりで輝いていた。

 トリーシャはブネの背部に回り込むと、結晶の氷柱を伴ったままその巨大な身体に突撃を開始する。


「それだけ身体が大きければさすがに避けきれないでしょ! 自分の攻撃で潰れろー!!」


「くっ! 鼠のようにちょこまかと! ウザイですわ!!」


 ブネの身体に当たる直前に左手と左足に魔力を集中させ、大気のマナと反発させて直角の急激な方向転換をする。

 これはバルゴ風穴で戦ったグリフォンが得意としていた空中移動術だ。あれに苦戦させられたトリーシャは、強敵の戦い方を自らに取り込みさらに進化を果たしていた。

 標的をいきなりロストした結晶のミサイルは、トリーシャの動きに付いていけずに術者の身体に全弾命中した……かに思えた。

 それらは主に衝突する寸前に粉々になりダメージを与えることはなかった。


「そんな単純な手にわたくしが引っかかると思いまして? 自分の術に傷つけられるわけないでしょう?」


 空中で制止するトリーシャに対しブネは嘲笑ちょうしょうする。人間の時とは違い竜の姿では表情の変化が分かりにくいが、声色や目つきから明らかに馬鹿にしている感情が窺える。

 その様子を冷静に見ていたトリーシャは一瞬俯き加減になり、ブネはいい気味だと笑っていたが顔を上げたルナールの少女もまた嘲笑を敵に見せる。


「ぷっふふふ! ほんと学習しないわね。相手を甘く見ない方がいいって思ったんじゃなかったの?」


「なっ、なんですって!?」


 その時ブネの背後では、ドラグが連結した戦斧を回転させて結晶の氷柱を次々と破壊し、セレーネもドラゴンテイルで片っ端から結晶を壊して回っていた。

 ブネが振り返り2人の姿を確認した時にはあれだけあった結晶の氷柱は全て破壊された後であった。

 悔しがるブネの近くを飛んでいたトリーシャはゆっくりと高度を下げながらブネを睨み付ける。


「どうして私があんたの後ろ側に回ったのかお分かり? あれは死角をついて攻撃を当てるためじゃなくて、あんたの注意を私の方に向かせて2人への攻撃の手を緩めるためよ。私のスピードなら余裕であの攻撃を躱せるから、おとりを買って出たわけ。上手く引っかかってくれたおかげで2人ともあの攻撃ををしのげたわ」


「なっ! くぅっ!」


 ブネは怒りで言葉が出てこず目が血走っている。その様子を見てトリーシャは顔には出さなかったが内心ではガッツポーズをしていた。

 敵に一杯食わせたのと怒りによって冷静な判断力を奪う事が出来たからである。だが、怒りによる無差別な攻撃の可能性もあるため気を抜けない状況が続く。

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