第144話 バルザスVSアロケル①

「ところで俺はどうして生き残っているんだ? 奴にボコボコにされて……それで……」

 

 おぼろげに思い出される走馬灯や死にたくないと切望した思い。だが、思い出せるのはそこまでで、現状に至るまでに何が起こったのかは分からなかった。


「思い出せないか? 貴様は武人として〝威厳ある死〟よりも〝無様な生〟に執着したのだ。『死にたくない』と何度も言いながらな」


「……俺が、そんな事を?」


 死にたくないと思った事は覚えてはいるが、それを敵に懇願した事実にロックは自分を情けなく思ってしまう。


(こんなんじゃ、俺……あの頃と全く変わっていないじゃないか……)


 うつむくロックを一目見ると、バルザスはアロケルを睨み剣を構える。


「……それのどこがおかしい? 〝生きたい〟と思うのはこの世に生きとし生ける者として当然の感情だ。それを軽んじる権利は誰にもない!! ……それに純粋な生存本能は、他のあらゆる本能を凌駕する力を与える。お前もそれを身をもって体験したのではないかな?」


「………………」


 バルザスの言葉を聞きながら、アロケルはロックに掴まれた右手首を無言でいたわるように触れる。

 一瞬ではあったが、ロックの力は確かに自分を上回っていた。たかが人間の小僧にと思ってしまうが、それは変えようのない事実なのだ。


「生存本能……か、確かに認めなければならないようだな。……ならば、俺も本能に従い戦うまでよ……闘争心という本能にな!」


 再びアロケルから放たれる強烈な魔力と殺気は周囲を駆け抜ける。立ち上がろうとするロックをバルザスが制止する。


「バルザス?」


「破壊神の眷属けんぞくとの戦いがどういうものなのかを、ここで見ていなさい」


「! 1人でやるつもりなのか?」


「ああ、問題はないよ。それに片腕が折れた状態では満足には戦えないだろう? ならば、今後の為にちゃんと目に焼き付けておきなさい」


「……分かった」


 バルザスの声色は落ち着いていながらも、有無を言わせない迫力があった。その迫力を前にロックはこれ以上何も言うことが出来なくなってしまう。何より、今の自分では十司祭相手にまともに戦える自信がなかった。

 

「では、行くぞ! 十司祭アロケル!!」


「バルザス……と言ったな。……来い!!」


 戦闘開始と同時に2人は瞬影を使い、互いの姿がその場から消え去る。姿が見えないまま、衝突音が周囲に鳴り響く。

 そこからは衝突音が何度も鳴り響き、その都度2人の姿が現れては掻き消えるを繰り返す。その戦いをロックはかろうじて目で追うことが出来た。


(凄い! 2人ともぶつかる時以外は瞬影を連続使用して移動している。……こんな高度な戦いは見た事がない。……てかバルザスってこんなに強かったのか)


 今まで一緒に旅をしながらも、魔王の護衛という役柄故に戦いにはあまり参加してこなかったバルザスではあったが、彼が見せる本気の戦いにロックは魅了されていた。

 

「ぬぅっ! ぐっ、やるっ!!」


 予想以上のバルザスのスピードと剣戟けんげきに押されるアロケルの表情には余裕の色はない。だが、この戦いが心底嬉しくて仕方がないという笑みがそこにはあった。

 アロケルは獣王族の中で誰よりも強くなることを望み身体を鍛え、さらなる高みと好敵手を求めて旅を続けていた。

 そのような中、彼は破神教と言われる組織の幹部である十司祭の1人と接触する。その者から只ならぬ魔力を感じ取った彼は戦いを挑むが、その結果は惨敗であった。

 その出来事はアロケルにそれまで経験したことがなかった屈辱感を与える事になる。そして、同時にこの世にはまだまだ強い者がたくさんいるという喜びも感じていた。

 その後、アロケルは破神教に身を投じ十司祭の1人を打ち倒し、自らが十司祭の地位に就くことになる。

 だが、彼にとって十司祭というポジションはさして興味はなく、以前と同様に強者との戦いを切望するという目的に変わりはなかった。

 十司祭となった時に破壊神から与えられる〝加護〟によって彼の強さは飛躍的に向上し、その後彼を震わせる強者と出会う事はなく、彼は以前にも増して戦いに飢えていた。

 その渇きを、今目の前にいる老剣士が潤している。アロケルの身体は血肉の一片細胞に至るまで喜びに打ち震えていた。


「いいぞ! もっとだ! もっと俺を楽しませろ! もっと力を引き出せ!!」

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