第143話 十司祭アロケル③

 ロックの目から戦意が失われた事を悟ると、アロケルは彼の目の前に容易に到達し、止めを刺さんと掌に魔力を集中する。


「自他の力量を冷静に判断し、無用の戦いを避ける事は武人として大事な資質だ。その点で貴様は中々に優秀だったぞ。……敬意を評して、苦しまないように殺してやる」


(俺……死ぬのかな……そうだよな……弱ければ死ぬのは当然だよな)


 全てを諦めかけたその時、ロックの脳裏に家族の姿が浮かび上がる。幼い頃に亡くなった父親、家でロックの帰りを待っているであろう母親や姉達。

 続いて、自身の師匠である獣王族ガイの姿、そして仲間である魔王軍の皆の姿が次々と脳裏をよぎる。

 バルザス、セレーネ、ドラグ、アンジェ、トリーシャ……そして、いつも言い合いをするセス、まだまだ頼りない魔王であるアラタ。


(なんだ……これ? もしかして、これが走馬灯ってやつなのか……? じゃあ、やっぱり俺は死ぬのか? 死ぬ……死ぬ……死ぬ……死ぬ……………………こんなところで? 俺は……まだ……なにも……)


 アロケルは無抵抗にこうべれるロックの首元めがけて手刀を放つ。そして、それがロックの首に触れる瞬間であった。

 手刀はロックの首の皮膚を傷つけながらも、それ以上奥に進まなかった。アロケルが自身の手元を見ると、ロックが手刀の手首をつかんでいたのだ。


「……なんのつもりだ?」


「……死にたくない」


アロケルの問いにロックは虚ろな表情のまま、うわ言のように口を開く。


「死にたくない……死にたくない……俺は……まだ……あいつらと……バカをやりたい」


 戦士として潔い死を受け入れたと思っていたロックの、いまわのきわに見せた往生際の悪さに、アロケルは呆れ、怒り、軽蔑した。


「どうやら俺の目は節穴だったらしい。こんな無様に生に執着する男を一瞬でも認めるとは……仮にも獅子王武神流を使うものが……恥を知れ!!」


 アロケルが再び手刀をロックに向けて振り下ろそうとした時、思わぬことが起きた。自分の腕を掴むロックの手を振りほどく事が出来ないのだ。

 力任せに振り払おうとしてもビクともせず、それどころか彼の手首を掴むロックの握力はどんどん強くなる。


「なっ! バカな! なぜだ!? たかが人間如きが、どうしてこのような力を!?」


 掴まれた腕が自由にならないと分かると、アロケルはもう片方の腕に魔力を集中し、再びロックの首を切り落とさんと手刀を振う。

 だが、その二振り目の刃も目的地には到達しなかった。ロックの首に当たる直前に一振りの剣が受け止めたのである。


「やらせはせんよ! 私の目が黒いうちは……な!! ロック! 手を離せ!!」


 バルザスの呼びかけに、無表情のままロックはアロケルの手を離し、その直後バルザスの斬撃が獅子顔の男目がけて振るわれる。

 手刀で防御するも、その重い斬撃はアロケルを十数メートル後方に斬り飛ばす。最初に吹き飛ばした老紳士による思わぬ反撃に、アロケルは驚きと同時に喜びの感情を噛みしめていた。


「ふふふふふふ、ふはははははははは!!」


「何がおかしい?」


「これが喜ばずにいられるか? 久方ぶりだ……俺の身体に傷をつけた奴は!」


 バルザスの一撃を受け止めたアロケルの手から赤い液体が滴り落ちていた。傷口から流れ出る血液を見せつけるように舌で舐めとっていく。


「おやおや、なんとまぁ下品だな……ところでロックいつまで呆けている? シャンとしなさい!」


 バルザスが未だ放心状態から復活しないロックの頭を思い切りひっぱたくと、思いのほか威力があったようで、ロックは顔面を地面に叩きつけてしまうのであった。


「はべぶっ!? んぺっ! ぺっ! ぺっ! …………あ、あれ? ……俺、生きてる?」


 口の中に入った砂を吐き出しながらロックは正気を取り戻す。目の前にバルザスがいる事を確認すると、彼が無事であった事に安堵する。


「バルザス! 無事だったのか、良かったぁ」


「安心するのはまだ早いぞ。我々の脅威は未だ目の前にいるのだから」


 アロケルの姿を視界に入れるとロックは身体を震わせる。自分の攻撃が通じずに一方的に蹂躙された記憶が思い出される。だが、途中で記憶が飛んでいる事に気が付く。

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