第142話 十司祭アロケル②

「………………」


 「芯を捉えた一撃を確かにお見舞いした」とロックは思うものの、楽観的にはならなかった。敵が吹き飛んだ衝撃により舞い上がった土埃で、敵の姿が見えない。

 願わくば、倒せないまでも目に見えるダメージを負っていて欲しいと思う。だが、現実は甘くはなかった。


「――ふん、この程度か」


 土埃から姿を現した男の表情には余裕があった。ロックの渾身こんしんの打撃は明確なダメージを男には与えていなかったのである。

 頭の片隅ではこういう可能性もあるとは思ってはいたが、実際現実になると中々に辛いものがあった。


「くそっ、ダメージなしかよ。とんだ化け物だぜ」


 男はゆっくりロックの方に歩きながら、先程までとは異なる怒気を含む表情をロックに向けていた。


「……ところで貴様、さっき〝獅子王武神流〟と言ったな?」


「だったら、なんだ!」


 男の目はさらにギラつき殺意に満ちていく。


「師子王武神流は元々、獣王族が身体能力に富んだ自分達のために編み出した武術だ。それを脆弱な人間風情が使うなどおこがましい! 実際に、この程度の打撃が〝破砕掌はさいしょう〟だと? 笑わせるな!!」


「くっ!」


 獣王族の男は殺意と共に魔力を解放していく。それは魔力操作を不得手とする獣王族のものとは思えない力であった。

 そして、右手に魔力を集中させ身体の重心を落とし、攻撃の意思を示す。それに対し、ロックは全神経を集中させ、電光石火の如く放たれるであろう敵の攻撃に備える。

 男はなんの小細工も無しにまっすぐ全力で突撃を開始する。その並外れた突進速度にロックの反応は遅れ、気付いた時には回避が不可能な位置にまで敵の接近を許していた。

 そのため、ロックは回避を捨てて全ての力を防御に回す。次の瞬間、盾と化した腕に重い衝撃が響き渡る。

 それと同時にロックの身体は後方に数十メートル吹き飛ばされ、両足に踏ん張りを利かせて何とか踏みとどまった。


「はぁはぁはぁ……くっ、なんて威力だ、全魔力を防御に回したのに左腕が……やられた!」


 敵の打撃を直接受けた左腕は、その威力により前腕の骨が折れていた。左腕を襲う激痛に苦しみながらも、今は敵の更なる追撃に備えなければならない。

 だが、またしても敵は連続で襲い掛かって来ようとはしなかった。


「俺の使う武術が何なのか分かるか?」


 不意にロックに質問を投げかける獣王族。それに対してロックの答えは決まっていた。


「……師子王武神流……だな。元々この武術は獣王族が編み出したものだから当然と言えば当然だ」


「正解だ。それなりに判断力はあるようだな。……俺は師子王武神流免許皆伝者にして今は十司祭が1人アロケルと名乗っている」


「十司祭アロケル……俺は師子王武神流の使い手ロックだ」


 互いに名乗りを上げる同門の者同士。だからこそ、アロケルが先程放った技の正体が気になる。


「さっきのは師子王武神流の奥義の1つか? その割にはシンプルな攻撃だったな」


「あれか? あれは奥義でも何でもない、貴様も普通に使っている技だ」


「え?」


 予想外の返答に固まるロック。もし、今自分が思った通りの内容であったとしたら、と絶望感が押し寄せてくる。


「今のはただの……〝破砕掌〟だ」


「破砕掌? あの重い一撃が? そんな……うそだろ?」


 自分が奥義だと思い込んでいた技が、師子王武神流において最初に会得する技であった事にロックは衝撃を受けていた。

 自分のものと比較して技のキレ、一撃の重み、破壊力、全てが段違いの威力であったのだ。

 そのレベルの差に勝機はおろか自分が生存できる可能性すら微塵もないように思えてしまい、目の前が真っ暗になったような感覚に陥る。


(……だめだ……レベルが違いすぎる……勝てない……死ぬ……?)

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