第137話 勇者と姫と仲間達と②

 そんな2人の姿を見て、住民救出中のコーデリアは自分を情けなく思っていた。


(私は一体何をしているの? 目の前に絶望に打ちひしがれている民がいるのに、彼らを励ます言葉すらかけていなかった。破神教に対する憎しみに囚われて、今一番やらなければならない事を見失っていた!)


 悔し涙をこぼすコーデリアに気が付いたエルダーが咄嗟とっさに声をかける。それはいつもの人の神経を逆なでにするようなものではなく、優しいものだった。


「姫さん、こういう時こそスマイルだよ。ワシみたいに表情を見せないジジイよりも、美人な姫様の笑顔を見た方が民は安心するんだよ。辛いかもしれないけど、今君が一番やらなければならない事は、憎んだり悲しんだりすることじゃなく、笑顔を見せて民を励ます事じゃないのかな? それは他の人間にはできない、君だけにしかできないことだ」


 エルダーの励ましにハッとするコーデリア。シャーリーも驚きと喜びが混じったような表情でエルダーを見ていた。


「……できそうかい?」


「……やります! それが私にしかできない事だから!」


 コーデリアは涙をぬぐって、両手で自分の頬を叩いて気合いを入れる。その目からは憎しみや悲しみの色は消え、使命感に満ちた覚悟の意思が宿っていた。

 そして、住民の救出を再開する。今度は民の1人1人を笑顔で励ましていくものであった。彼女がアストライア王国第2王女だと気が付いた民達は、王族自らの救援に感動し希望を持ち始めていた。


「頑張ってアストライア騎士団の施設に走ってください! そこまで行けば騎士団が保護してくれます。怪我をしていない人は怪我をしている人を手伝ってあげてください。ここは私達が食い止めますから安心してください!」


 コーデリアの指示により、混乱状態に陥っていた民は戸惑いながらも協力してこの場を離れて行く。 

 数分後、この場には生きながらにして取り残された者はいなくなっていた。逆を言えば、この場に残っているのは助けることが叶わなかった死屍累々の者達である。

 犠牲になった多くの民を見て、コーデリアは改めて破神教の非道な行いに憤る。だが、それは先程の憎しみに満ちたものではなく、王族として騎士として人として民を守るのだという確固たる意思によるものであった。

 エルダーがグラビティを解除し、効果範囲内にあった建物は本来の重さを取り戻し、自重に耐えられない程破損が進んでいたものはたちどころに潰れていった。


「あー、疲れたー、ワシは少し休ませてもらうよ」


「お疲れさまでしたエルダー、後でお酒のおつまみになるものを買ってきますね」


「そいつぁー、楽しみだね。シャーリー、美味しいのを頼むよ」


 逃げ遅れた住民の避難完了を確認すると、アンデッド化騎士団を食い止めていたスヴェンの刀身から炎が噴き出す。


「……悪いな、せめて一太刀で眠らせてやる。……ブレイズエッジ!!」


 スヴェンは思いきり剣を横なぎに切り払い、彼の前方広範囲は強力な炎を伴った斬撃によって一瞬で焼け野原と化した。その範囲にいたアンデッド達は一瞬の間に燃やされ薙ぎ払われ消滅する。

 スヴェンの攻撃に合わせて、ジャックも本格的に攻撃を開始する。右足に魔力を集中し蹴りと同時にまとった風の一撃を放つ。


「行くぞ! 空裂脚くうれつきゃく!!」


 蹴りから放たれた風の刃が数体のアンデッド達を切り裂き戦闘不能に追い込む。

 反撃に出た2人の怒涛の攻撃により、騎士のアンデッド達は瞬く間に数を減らしていくのであった。

 強力な炎と風の同調によって炎は勢いを増し、さらに燃え広がっていく。先程まで住民が取り残されていた場所も炎に呑み込まれていく。

 だが、その炎の壁によってアンデッド達の進行速度は鈍るのであった。


「これで少しは時間稼ぎができるな。俺達もいったん後退する」


「スヴェンちょっと待って!」


「どうした、コーディ?」


「今、連絡用スフィアで騎士団から命令があったのだけど、上は住民を町の東側にある騎士団監視塔周辺に避難させている。でも西側と南側の区域には救助が向かっていないのよ」


 シェスタ城塞都市は、正門のある北側と騎士団関連の施設がある東側は治安が守られ、アストライア王国の平民や富裕層が生活する区域であり、西側と南側は貧民層や国民以外の者が生活する貧民街の区域とされている。


「なっ! ……くそったれ! オーガスの野郎、貧民街の人間を早々に切り捨てやがった!」


 住民を保護しつつ一度監視塔まで撤退しようとしていたスヴェン達ではあったが、貧民街の現状を知り、どうすればいいのか考えあぐねてしまう。

 今後の本格的な戦闘に備えて監視塔まで撤退するのがセオリーではあるが、それでは貧民街の住民は誰にも守られないままに大量虐殺の目に遭う可能性が高い。

 状況は刻一刻と変化しているため、すぐに動かなければ自分達も住民もさらに危険な状態になっていく。

 

「……皆、西南区域に行きましょう。東側には騎士団が大勢いるから対処できるはず。……私は1人でも多くの民を助けたい……だから……」


「水臭いですよ、コーデリア。私達は仲間なんですから、遠慮なく頼ってください」


「そうそう、一蓮托生いちれんたくしょうってやつよ。そうだろ? お2人さん」


 ジャックが目を向けた先にはスヴェンとエルダーがいた。彼らも異論はないと頷いている。


「ワシは姫さんに従うよ」


「行こうぜ、コーディ。俺達に出来ることを精一杯やろう! 後で後悔しないためにもな」


 勇者パーティーの意思は固まった。町の西側と南側に広がる貧民街の住民を避難させると同時に敵の侵攻を食い止める。

 たった5人の壮絶な戦いが始まるのであった。

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