第135話 長い夜の始まり

 アラタ達魔王軍がノームの祠に到着する一刻前――シェスタ城塞都市の正門にて、門番達は月を眺めながら暇そうにしていた。

 時間は既に夕飯時を過ぎており、こんな時間にここを訪れる者はまずいないからである。そのため、できる事といったら夜空の月や星々を眺めるくらいしかないのだ。

 

「ああー、この時間は暇だなー、早く交代時間にならないかなー、腹減ったよ」


 中年の如何にもやる気のない門番が、自分の腹の音を聞きながらうなだれている。


「俺もだよ、それに色々やらないといけないし」


 一方、若い門番も苦笑いをしながらも目には活気があった。彼はアラタ達がシェスタを出て行く時に気さくに話しかけてきた門番だ。


「あ、そういえば、お前来月王都で昇級試験受けるんだって?」


「まあね、やっとだよ。これに受かれば地方勤務から王都に下級騎士として配属される。夢に1歩近づくんだ!」


 気合いを入れる若い門番に対し中年門番はヘラヘラ笑っていた。


「今時珍しいねー。俺達のような平民出身じゃ、どんなに頑張ったって下級騎士どまりだ。それより上に行こうとするなら、真っ当なやり方じゃ無理だぞ」


 若者のやる気に水を差す中年門番であったが、普段から彼の努力を知っているので内心では応援していた。


「ま、頑張れよ若者。俺の様にはなるんじゃないぞ」


 その時、彼らの前方で何かが動いているのが視界に入る。先ほどまでのまったりムードは瞬く間に吹き飛び緊張が走る。

 月は今しがた雲の中に隠れ、周囲には闇が広がっている。正門に備えられている輝煌石で前方を照らすと、そこにはアストライア騎士団のローブに身を包んだ者達が大勢立っていた。

 暗がりにいたのが味方である事が分かり、門番2人は胸を撫で下ろす。騎士の人数からして、昨日周辺の大規模探索に向かった者達であろう。

 

「任務お疲れ様です。今から正門を開くので待っていてください」


 中年門番が連絡用スフィアで、壁の内側にいる門番に正門を開けるように指示を出す。

 それから間もなく巨大な正門はギギギと重苦しい音を立てながら中心から左右に分かれ開き始めた。

 少しずつ、門の向こう側にある町が視界に入って来る。暗黒が支配する門の外側とは違う光に満ち溢れた世界だ。

 だが、その光満ちる世界を見つめる騎士達の目は虚ろで、生命の色が宿っていない事を門番達は気付くことが出来ず、その後まもなくして門の内側も外側と同様に暗黒の世界に飲み込まれるのであった。




「一体どうなっている!? どうして情報が入って来ない!!」


 シェスタ城塞都市の部隊長オーガスは焦っていた。正門側から賊が侵入し、人や建物を破壊して回っているという報告が入った。

 しかも、それを行っているのがアストライア騎士団員だというのだ。それも1人、2人ではなく数十人規模らしい。

 その報告を最後に、なんの情報も入って来なくなったのである。だが、ようやくここで最新の情報が入ってきた。ただし、その内容は驚くものであった。


「し、失礼します。町を襲っているのは、間違いなくアストライア騎士団のローブを身に着けた者達です。数は100人近くいます。……その中には、私の知り合いもいました。昨日、破神教拠点攻撃に向かった者達です。……犠牲者多数、女子供関係なく殺されています! 町中地獄絵図です! 既に彼らの侵攻は町の中心にある創生教の教会付近にまで及んでいます! オーガス隊長……ご指示を!」


 報告をした騎士は身体の所々から出血しており、ローブも半壊していた。命からがら、ここまで戻ってきたのだろう。その目は、恐怖に打ち震えていた。

 シェスタ城塞都市全域の地図を見ながらオーガスは対策を考える。敵は町の北側にあたる正門から侵入し、中心部付近にまで進んでいる。

 アストライア騎士団の監視塔――つまり、この場所は町の東側に位置している。現在、このシェスタで一番安全なのは騎士団員が大勢いるこの監視塔だ。


「住民を町の東側に避難させろ! 貧民街は無視して構わん!」


「! 彼らを見殺しにするおつもりですか!?」


「この状況で全員を救う事などできはしない。それに貧民街には、アストライア王国の国民でない者も多くいる。我々が国民以外を守る必要などない!!」


 オーガスの指示に抗おうとする者はいなかった。事実、騎士団全員が多かれ少なかれオーガスと同じような意見を持っているからだ。

 このような緊急事態においては、なおさら国民以外の者の安否を気にしている余裕はなかった。

 

(なぜこんな事になったのだ!? 破神教を潰す為に派遣した騎士がどうしてここを襲う? ……考えられるとすれば、死者をアンデッド化する十司祭の仕業か? だとしたら、私は奴らにみすみす戦力を与えたという事になるのか? ……バカな!!)


 オーガスは焦っていた。自分の推測が正しければ、このような事態を招いた責任は自分にあると考えたからである。

 敵の戦力を見誤り中級と下級の騎士のみで構成された部隊を派遣し、その戦力を敵に奪われた事。

 破神教の信徒がシェスタ城塞都市の付近に潜伏し、その動きが活発になっている事実を王都に知らせなかった事。

 細かい内容を入れれば他にもたくさんあるが、これだけでも十分な責任問題になる。オーガスの頭の中は、問題をどう収束させるかという事よりも自分の保身の事で一杯になっていた。

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