第134話 大地の精霊ノーム

 アラタは再び魔眼を使用し、周囲を見渡す。魔眼は魔力感知に優れると同時に暗闇の中でも昼間と同じように見えるのだ。

 だが、どうやら暗闇の中に騎士団員が潜んでいる様子は見受けられない。信じられない事に誰1人として見張りがいなくなっているのである。


「あれ? 誰もいないぞ?」


「私も夜目は利くほうだけど、マスターの言った通りに誰もいないみたい」


「おかしいわねー。何かあったのかしら?」


 魔王軍全員に突然胸騒ぎが押し寄せる。この異常な事態はただ事ではない。


「魔王様!」


「ああ、ノームのほこらに急ごう! 契約を済ませて、すぐにシェスタに戻るぞ。見張りがいないなら、このまま外から帰れるしな」


「はい!」


 ノームの祠は情報通りに、正面入り口のすぐ近くにあったため、すぐに見つかった。アラタ達が祠に近づくと、祠の後ろから1人の人物が姿を現す――ネモだ。


「よう、思ったよりずいぶん早かったな。順調だったようで何よりだ」


「ああ、おかげさまでね。ペンダントありがとう、とても役にたったよ」


 ネモの姿を見ても魔王軍一行はあまり驚く様子を見せなかった。恐らくここで彼が待っているだろうと予想していたからだ。

 彼らの自然な様子を見て、ネモは少しがっかりしているようではあったが。


「――いつから気が付いていた?」


「割と最初の段階からですよ。元鉱夫ならばペンダントの事などは分かりますが、あなたはあまりにも魔物の習性について詳しすぎる。それにジルグ鉱山が閉鎖されたのは何十年も前の事です。あなたの年齢を考えると、現役で働いていたとは考えられませんからね」


「精霊ともなると人間とは時間の感覚が違うみたいだな、ノーム?」


 セスが論破しアラタが名指すと、ネモは黄色の光に包まれ人としての形が崩れて行く。そしてそこに残ったのは、人間の幼児程の大きさのモグラであった。そのモグラは工事現場で見かける黄色いヘルメットを装着し、そこには「安全第一」と表記されている。

 さらに右手にスコップを所持し、首元には使い古した手拭いが巻かれ、その目には相変わらずサングラスがかけられている。

 そのゆるキャラのような外見に、アラタはつい反応してしまった。


「モンスターボールないかな?」


「……ポ○モンじゃねーよ! それにせめてマスターボールを用意しろ!」


 すかさずつっこむと同時にボケるモグラのゆるキャラ。しかし、その外見とは裏腹に非常に渋い声をしており、独特なギャップを醸し出している。

 大地の精霊ノームは飛行しながら近づき、ゆっくりとアラタ達の目の前に着地した。イフリートやシルフと同じようにアラタを品定めするように見つめる。

 サングラスをしているため、その心中を察する事は出来ないが口元は笑っている様にも見える。


「鉱山に入る時よりも、いい面構えになったじゃないか! 少し自信が付いたようだな」


「……ああ! おかげさまでね……ノーム、早速で悪いんだけど契約を済ませたい。破神教の連中がいつシェスタを襲ってもおかしくない状況なんだ」


「その事か……それなら……」


 その時、どこからか激しい爆発音が響いてくる。それも1回ではなく何度も聞こえてきたのだ。

 雲の切れ目から満月が現れ、シェスタ城塞都市の姿が照らし出されると、そこから大量の煙が立ち上っている様子が見受けられた。

 よくよく見ると赤い明かりが見られることから火事も起きているようである。


「それなら……既に始まっている」


 ノームはアラタ達に一刻程前にシェスタ城塞都市が何者かの奇襲を受けた事を告げる。


「そういう大事な事は最初に言ってくれよ! 皆、行くぞ!」


「ちょっと待て」


「なんだよ! 俺達は急いでるんだよ!」


 急いでシェスタ城塞都市に戻ろうとする魔王軍を呼び止めるノームに、アラタ達はイライラを隠せないでいた。

 その感情をお構いなしにノームは話す。


「あそこには今、破神教の信徒……それも十司祭が数人いる。他にも大量の戦力を従えているようだ。今あそこに行けば命を落とす可能性が高いぞ。……それでも行くのか?」


 ノームの問いに魔王軍全員は間髪入れずに頷く。


「約束したんでね、力を貸すって。……それに、ノームのゆりかごのご飯やサービスは最高に良かった。あんただって、あの宿屋や親子に愛着があるから毎日のように通っていたんだろ? たった1日の付き合いだけど、俺達もあの親子には死んでほしくない。俺達が戦う理由なんてそれだけで十分だ。……それに、ぶっちゃけスヴェン達と約束しようがしまいが敵が来たら最初から戦うつもりだったし。それじゃ契約は敵を叩き出した後でよろしく!」


 そう言うとアラタ達は全速力でシェスタ城塞都市に向かって走り去った。


「……粋だねー」


 1人残されたノームは、天空に浮かぶ月を見上げてつぶやくのであった。

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