第128話 侵入、ジルグ鉱山跡

 そこは、一見他の岩と同じで入り口になるような特徴は見受けられなかったが、ネモは一部平たくなっている地面に掌を押し当てる。


「大地の精霊ノームよ……その慈悲深き御心で我らを見守り給え」


 ネモが手を押し当てたまま唱えると、地面の板状の岩が鈍い動きでスライドしていき、そこから地中深くに続く出入り口が出現したのである。

 出入り口が完全に露出すると、ネモは先程までとは打って変わって真剣な雰囲気で最後通告をする。


「今ならまだ引き返せるがいいのか? 中はロックワームが大量にいるんだぞ? タイミング次第では正面からジルグ鉱山跡に侵入する事も可能かもしれないぜ」


「ありがとう。でも、そんないつ来るかも分からない幸運を待っているわけにはいかないんだ。やらなきゃいけない事が色々あるからさ」


「そうか……なら気を付けていきな……チャオ!」


 ネモと分かれ、アラタ達は地中に続く階段を下りて行った。階段が終わるとそこは広い空間になっており、壁には古くなったハンマーやつるはしなど当時使われていた採掘道具が立てかけられている。

 当時、採掘道具の置き場所として利用されていたのだろう。壁には輝煌石がまばらに埋め込まれており、坑道内は薄暗い明るさを保っていた。


「ジルグ鉱山跡の正面出入り口はあっちの方ですね」


 セスが指さす方向には1本道の通路がずっと先まで続いており、奥は暗がりになっていてよく見えない。

 皆がセスを見ると彼は地図を持ってはいなかった。なぜなら地図はアラタが持っているからである。


「セス、地図は俺が持っているけど何で道が分かるの?」


「その地図に記載されている坑道内のルートでしたら全て記憶しました」


「…………まじか」


 ネモは正面出入り口までのルートは割と単純と言ってはいたが、実際は少々複雑で地図なしで迷わずに行くのは少々難しい内容であった。

 そのため、地図をしっかり確認しながら進もうと考えていたのだが、セスは正面出入り口へルートだけでなく、その他のルートも覚えたらしい。

 坑道内の全てのルートは複雑に分岐しているので、それらを記憶しようとするのは難しい。

 アラタは正面出入り口までのルートのみですら記憶できず、最初から地図頼みで行こうと考えていたので、セスのこの発言に心底驚かされたのであった。


「……今回私は裏方に徹しようと思いますので、何かあった時のために道は覚えておきました」


「裏方に徹するって……何で?」


 今までは、アラタにいいところを見せようとして無理やり上級魔術を放ったりと無茶な行動が目立っていたセスであったが、今回は自ら戦力外通告をしてきた。

 彼のこのような行動は初めてであったので、皆は彼の状態が心配になってくる。 今思えば昨晩外出から帰ってきた直後も顔色が悪く一足先に就寝したのだが、朝にはいつもの調子になっていたので、その事を失念していたのだ。


「もしかして、どこか身体の調子が悪いの? だったら無理しちゃだめよ」


「大丈夫ですよ、セレーネ。別に体調が悪いわけではありません。こんな狭い坑道内では私の炎系統の魔術は戦いの邪魔になると考えたからです。それにバルゴ風穴とは違って、ここは空気の循環も良くない。炎が発生すれば酸素を消費して最悪酸欠にもなりかねないし、炎はロックワームには効きづらい。だから、ここではサポートに回ることにしたんです。バルザス殿には事前に話は通しておきましたし、私抜きでも戦力的には問題ないという事になりました」


「そうだったの……それなら良かったわ」


 彼が特に健康面で心配ない事に安堵するセレーネ。同時にその冷静な分析力にアラタは感心していた。


「……なんというか、よく考えてるね、セス。まるで、作戦参謀みたいな配慮じゃないか」


「……魔王様、一応私はその作戦参謀の立場なのですが……」


 魔王のボケに肩を落とす魔王軍作戦参謀であったが、すぐに気を持ち直し皆のサポートに徹するのであった。

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