第117話 チェリーボーイと言われて

「ジルグ鉱山跡に侵入する別ルートは存在する。だが、とてもおすすめできるような代物じゃない。なにせ鉱山跡の内部は大量のロックワームの巣窟になっているからな」


「なら、ロックワームを倒して進むまでです」


 その言葉に魔王軍全員が頷き、自分達の意思を伝える。一方ネモは、ふぅと溜息をつき話を続けた。


「知っての通りロックワームは岩盤を移動する魔物だけあって、身体の外側は非常に硬い。生半可な攻撃は弾かれるから、確実にダメージを与えるには強力な魔力による攻撃が必要になる。……だが今回重要なのは鉱山内の狭い空間で奴らと戦わねばならないという状況だ」


「それが問題になるんですか? 出てきたところを一気に叩けば済む話なんじゃ?」


「よく考えてみろ。坑道の周囲全てから奴らが突然現れる可能性があるんだぞ。いきなり足元から食らいつかれる可能性だって十分にある。しかも群れをなしてな」


 ここまで説明してもらい、その瞬間を想像しアラタ達は青ざめてしまう。改めて敵のホームグラウンドで戦う危険性を認識するのであった。


「もし、それでも坑道を通って行くというのならこれを持って行け」


 そう言うとネモはふところから、エメラルドのような緑色の宝石が付いた掌サイズのペンダントを出した。


「……それは?」


「こいつはちょっと特殊な石でな、ジルグ鉱山で取れる鉱物に反応して光る性質を持つ。当時の鉱夫達はこいつの反応を頼りに鉱物を掘り出していたんだよ」


「へぇー、それでこれが何の役に立つんですか?」


 相変わらず表情は分かりにくいが、ネモはにやりと口元をほころばせる。如何にもその答えを待ってましたと言わんばかりの笑みだ。


「ロックワームは鉱物を好んで食す生態を持つ。奴らが何故ジルグ鉱山に住み着いたか理由を考えれば答えは自ずと分かるだろう?」


「……そうか! ロックワームはあそこの鉱物を食べてるから」


「やつらが近づいて来ればこの石が反応するってわけさ」


 ネモはさらに2つの同じペンダントを出すと、その3つを魔王軍の3人の女性に手渡すのであった。


「これは俺からのプレゼントだ。お嬢さんたちの道中のお守りとして身に着けてもらえれば本望だ」


 女性3人は突然自分達に宝石が贈られた事に驚きつつも悪い気はしなかった。エメラルドの様な宝石は美しい輝きを見せており、彼にお礼を言った後にそれを眺める3人の表情はうっとりとしていた。


「きれいね~。男性から宝石を貰ったのなんて500年ぶりくらいかしら」


「私は初めてです」


「私も初めて」


 それを聞いたネモは少々得意げな表情を見せ、アラタ達の方に顔を向ける。


「あの~、俺達の分は……」


「ない! 生憎、男に宝石を贈る趣味はないんでね……それに男なら女に宝石を贈るぐらいの甲斐性がなければ駄目だぜ、〝チェリーボーイ〟」


 〝チェリーボーイ〟という一言を聴覚で受信し、その情報は脳内に送られ言葉の意味がそこで議論される。アラタの脳内では議論に参加したメンバー全員が論理的思考を放棄しブチ切れていた。その怒りは、宿主であるアラタにフィードバックされるのである。


「誰がチェリーだ! ふざけんな、このグラサン! そもそも人と話す時にサングラスしてるんじゃないよ! ちゃんと外して話しなさいよ!」


「……そいつは無理な相談だ。これは俺にとって身体の一部、お前は身体の何かを取り外す事が出来るのかい? 出来ないだろう?」


 ネモは屁理屈じみた事を言いながら、サングラスを外されまいと両手でしっかりとガードしている。その手は微妙に震えていた。


(このおっさん、もしかしてアラタがキレてビビってるのか? 意外と小心者?)


 ロックはネモが外見とは裏腹に気が小さい人物なのではと、確信に近い疑問を持ったがそれを口にはしなかった。なぜなら自分も同類であると、先程彼に萎縮した時に思ったからである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る