第116話 サングラスの男ネモ

 その夜も普段通りに、たくさんの客が夕飯目的で宿屋を訪れていた。アラタ達は例の人物が来ないかと首を長くして待っていた。そして、その時が訪れる。


「皆さん来ましたよ! あの人です」


 アンナが示した先にいたのは黒い髪をオールバックにし、サングラスをかけ、左頬に何かに切られたような傷跡を持つ大柄の男であった。年齢は40代程で元鉱夫らしい筋肉質な身体をしている。

 

(…………あれはどう見ても〝ヤ〟の付く職業の方じゃないか! あの人に声かけるの? 嘘でしょ? こえーよ!!)


 魔王は恐怖で顔がひきつりその場から動けなかった。同じように思ったのかセスやロックも無表情でその場から動こうとしない。

 その顔には冷汗が浮かび上がっている。魔王軍の若い男連中がチキン精神の持ち主である事が露呈した瞬間である。


「こんばんは、あなたが元鉱夫のネモさんですか?」


 チキンな若者達を尻目に男に話しかけたのはトリーシャであった。強面の男に全く怯む様子もなく自然に会話をしている。

 その姿に頼もしいと思う一方で、自分達の心の弱さに考えさせられる3人であった。


(((次は頑張ろう…………))))


 うなだれる彼らのもとにトリーシャが戻ってきた。今や彼女はアラタ達にとって強面の男との会話に必要不可欠な通訳になる――ところであったが現実はそう甘くはなかった。


「ネモさん、私達のリーダーとちゃんと話をしたいそうよ」


 その一言に青ざめるアラタ。バルザスの方を見ると彼は頷く姿勢を崩さず「行ってきなさい」との意思表示を示す。周囲を見回すとセスとロックは目をそらし、他の者はいつもの気楽な調子だ。

 そして強面の男ネモの方を見ると、視線をアラタに向け腰を落としどっかりとイスに座っている。サングラス越しに直視され、まるでかつあげにでもあっている気分だ。


(どうして異世界に来て、やーさんに絡まれなければならないんだ。……魔物よりこえーよ!)


 身体を震わせながらネモの所におずおずと歩いていく魔王。もはや彼には先日誓った魔王としての威厳や風格を持つという志は思考の片隅にも残っていなかった。


「こ、こんばんは、ネモさん。俺が一応リーダーのムトウ・アラタと申します」


「…………一応?」


「! い、いえっ! 正真正銘リーダーのムトウ・アラタでございますです」


 目の前に来た挙動不審の少年を品定めするように見つめるネモに、アラタは一刻も早くこの拷問のような時間が過ぎ去ってくれる事を願っていた。

 サングラスをかけている事で、彼の目線は遮られ現在どのような感情を自分に抱いているのか不明な状況は苦痛とも言えるものであった。

 そして、この拷問の時間は割と早くかつ、あっけなく終了する。


「ふっ、中々いい目をしているじゃないか。気に入ったぜ」


「へっ? あ、ありがとうございます」


(俺、終始きょどっていたけど、それで大丈夫だったのか?)


 心のどこかで「目の前の人物は適当な事を言っているのではないだろうか?」と一瞬疑念が生じたが、波風を立てずに穏便に済ませる方がいいという本音の気持ちが勝り、そのまま話を進めていく。

 ネモを自分達のテーブルに招き、今晩のおすすめ定食をおごる代わりに情報提供をしてもらうという方向性になった。

 ネモは瞬く間に食事を平らげ、食後のコーヒーをゆっくり楽しむ。それが彼のルーティンなのである。


「…………なるほど、つまりアストライア騎士団と接触せずにノームの祠に行きたい……ということだな」


「はい、ジルグ鉱山跡への正面出入り口や周辺は騎士団の監視下にあるので、そのルートは使えない。でも、あなたはジルグ鉱山跡への別の出入り口を知っているという話を聞いて……それを教えて欲しいんです」


「ふむ……」


 一通り話を聞いてネモは黙ってしまう。サングラスで表情が分かりにくいが、彼なりに思案を巡らせているようだ。その様子を、魔王軍一行は固唾かたずんで見守っている。彼の返答次第で今後の行動がガラリと変わってしまうのだから当然と言えよう。

 そして、元鉱夫はゆっくりと口を開くのであった。

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