第114話 宿屋ノームのゆりかご

 目的の宿屋を目指して進んでいくと段々人気が無い通りに入っていき、建物も大通りのものと比べるとぼろぼろのものが多い。

 時々すれ違う人も町の中心部を闊歩する綺麗な身なりの者とは異なり、幾らかみすぼらしい外見をしている。

 建物も人も中心街と比較してその差は歴然であり、この差はアストライア王国内部に生じる富裕層と貧民層という国の陽と陰を表していた。

 渡された地図によると、宿屋はシェスタの端に位置する場所にあり、ここからもう少し先にある予定だ。

 このような胡散臭い場所にまともな宿屋があるとは考えにくいと感じた一行は、次第に不安感が増していく。

 暗い面持ちで貧民街の通りを過ぎると、そこにはこの辺りには少し場違いな建物があった。

 やや古いものではあるが、所々しっかり修繕されており建物周辺にはゴミなども落ちてはおらず清潔感が保たれている。看板には『ノームのゆりかご』と表記されていた。


「ええっと、『ノームのゆりかご』か。ギルド協会が紹介してくれた宿屋はどうやらここのようだ」


 思いのほか宿屋の外観はまともであった事にひとまず安堵する魔王軍一行ではあったが、まだ安心はできなかった。

 外見が良ければ次に気になるのは中身だ。何事も最終的には内面の善し悪しで評価が決まるのである。

 意を決して宿屋の中に入ると、1階は受付と食堂、キッチンがあり2階が客室というオーソドックスな作りの内装であった。

 外観同様に所々に歴史を感じさせる細かな傷や汚れがあったが、全体的に掃除が行き届いており、今まで利用してきた宿屋と遜色そんしょくはなかった。

 むしろ建物の古さを考えれば、よくこれだけの状態を維持できていると感心する程だ。これにて魔王軍の宿屋への心配は解消されたのであった。

 アラタ達が宿屋に入ると、受付の奥から1人の恰幅かっぷくの良い女性が出てきた。年齢は40歳前後だろうか。アラタ達の存在に気が付くと溢れんばかりの笑顔で対応してくれるのであった。


「ああ、はいはいギルド協会公認の通行証ね。それなら1人あたり1泊5000カストになるわね。もちろん夕食と朝食込みよ」


「激安っ! いいんですか、そんな破格で? 採算取れてます?」


 あまりの安さにアラタ達は驚きを隠せなかったが、後で聞いた話だとギルド協会からそれなりに援助があるらしく、金銭的にはこの価格で問題ないらしい。

 むしろこの金額設定のおかげで、この町に来たギルド関係者はこの宿屋をよく利用しリピート率もいいので、閑古鳥が鳴く日はないとの事であった。

 店主のマーサは元傭兵ギルドの魔闘士であったが、同じギルドに所属していた夫が亡くなってからはギルドを辞めて、長年夫婦の夢であったギルド向けの宿屋をここで始めた。

 アストライア王国庇護下の町では、王国の国民以外は何をするにも高額の税金を取られるので、ギルドの助けになればとあえてこの場所を選んだらしい。こうして現在は1人娘のアンナと共に店を切り盛りしている。


「この建物自体は、ジルグ鉱山から鉱物が取れていた頃に建てられたもので、築100年は経ってるかねぇ。最初は結構痛んでいたけど、格安で売りに出されてて修繕すれば宿屋として全然使えそうだから購入したんだよ。鉱山採掘の際の良質な石材で作られた建物だから基本的な作りがしっかりしてるのよね」


 マーサはアラタ達のチェックイン中に気さくに話しかけてくれた。元々話好きのようで、彼女のマシンガントークは手続きが完了するまで止むことはなかった。


「お母さん! ちゃんと真面目に働いて! お客さんが困っているでしょ!?」


 マーサの娘のアンナはしっかりしていた。母親が若干ちゃらんぽらんな性格をしているせいか娘は大変真面目に成長している。年齢は15歳でツインテールの髪型が特徴の娘だ。

 アラタはかつて知り合った行商人一家の長男トーマスの事を思い出していた。旅先で知り合う年下の若者達は皆しっかりしており、感心するばかりである。

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