第113話 疑念

 都市は周囲に建造された高い城壁によって守られている。やや圧迫感が感じられたが、その存在により内部の安全は守られており、山の中腹の人里離れた場所にある町とは思えないほどに賑わっていた。

 マリクやエトワールと比較して人口は少ないが、アストライア王国保有の都市というだけあって、町中を行き交うのは身なりが綺麗な人物が多く経済的に余裕のある者が多い事が窺える。

 建物も同様に金細工を用いた優雅な外観のものが目立ち、その中でもアストライア王国が崇拝する創生の神〝サイフィード〟を奉った壮麗な創生教の教会が都市の中心に位置し、その存在感を見せている。

 極めつけは、騎士団の監視塔兼詰所である。創生教の教会以上に規模が大きく、シェスタ城塞都市周辺を見渡せるように作られており相当な高さを誇っている。

 まさにアストライア王国騎士団の権威の象徴とも言える建物だ。

 それだけの規模を誇る拠点ゆえに在中している騎士団員の人数も多く、200名以上が在籍している。首都のアストライア以外で1つの都市に騎士団員が100名以上いる場所は数える程度しかいないので、ここが如何に重要な拠点か窺える。


「あそこには騎士団の人間がたくさんいるんだよなー。とにかく面倒事にならないように気を付けないと、くわばらくわばら」


「そうですね、無用なトラブルは可能な限り避けるのがベターですからね」


 常識的な事を言ったセスではあったが、アラタは両手を合わせて祈りながら、かつて彼がスヴェン一行の前で起こした失態を思い出さずにはいられなかった。


「セス……覚えてはいると思うけど、騎士団の人間の前で俺を〝魔王〟と呼ぶのは禁止だからね。言ったら…………分かるな」


 落ち着きをはらみながらも、最後の〝分かるな〟の部分を強調した物言いにセスはプレッシャーを感じていた。同時にあの時にアラタに般若の如く怒られた事を思い出す。


「魔王様、今回は本当に本気で注意しますのでご心配なさらず。大船に乗った気分でいてください」


(不安しか感じねぇ……)


 前回、アラタに怒られ号泣したセスを介抱していたトリーシャとドラグは苦笑いを浮かべるのであった。

 前方を歩くバルザス、アンジェ、ロック、セレーネの4人は後方の4人のコントの様子を楽しみつつ、町の隅にある宿屋を目指して歩みを進める。

 シェスタ城塞都市の住人や客人のほとんどは、アストライア王国の国民でありこの町の宿を利用する際には何の問題もないのだが、それ以外の者が利用する際には相当な金額の税金を支払う必要がある。

 この仕組みはアストライア王国が管理する他の町でも同様で、このような状況がアストライア王国とそれ以外の国や組織との間に溝を作る要因となっている。

 そのため、普通に宿屋に泊まるのなら魔王軍には経済的な会心の一撃的ダメージがあるのだが、仕事の出来るギルド協会の職員は、それを見越してギルド関係者が格安で宿泊できる宿屋をピックアップしてくれていた。

 現在、そのうちの1つに向かっている所であり、シェスタに入場する際に使用した許可証を宿屋で見せれば大丈夫らしい。

 今回ギルド協会の援助を受けて、旅が格段に楽になった事を受けて、魔王軍全員がギルドに対して強い興味を持つようになっていた。

 特にアラタは昔読んでいたファンタジー系の漫画で主人公が冒険者ギルドに所属し冒険するという内容のものを読み込んでおり、皆より一層興味を抱いていた。


「ある程度落ち着いたら、ギルド協会に登録してみるのもいいんじゃないかな? 今回すごく助けてもらったし、こんなにサポートが充実しているんなら利用しない手はないと思うんだよ」


「そうですね、確かにエトワールの訓練の件から今まで援助してもらいっぱなしですから……そういう組織に属してみるのもいいかもしれません」


「意外ですな。セス殿なら魔王軍が何かしらの組織の傘下に入る事は良しとしないと言うと思ったのですが」


「以前なら、そう思っただろう。……しかし、今回ギルド協会の有用性を身をもって体験してみて衝撃を受けた。まさかこれほどサポート体制が充実しているとは思わなかったよ。それに協会から紹介された依頼を達成すれば、それなりに高額な資金を得る事も可能なようだし、破神教と戦う際彼らのサポートがあれば、凄く助けになると思う」


「なるほど……バルザス殿はどう思われますかな?」


「え? 私か?」


 ドラグからいきなり話を振られ虚を突かれたのか、バルザスは驚いていた。だが、すぐにいつもの冷静な紳士へと戻る。


「そう……だな。昔はギルドは無かったから、魔王軍は1つの組織として成り立たないといけなかったが、魔王様やセスが言うようにギルドという組織に所属し活動するのも魔王軍の新しい形として悪くはない……かな?」


「…………昔?」


 バルザスがポツリとこぼした〝昔〟という一言にセスは反応していた。〝ギルド〟が作られたのは、神魔戦争が終結して間もなくの頃であり、1000年近くの歴史がある。

 だとすれば彼の言う魔王軍とはいつの時代の事なのだろうか? それに彼は神魔戦争時代の出来事に非常に詳しく、セスも歴史書の古い文献でしか知らないマイナーな事にも精通しているのだ。彼に対する謎が深まるばかりである。

 バルザスに関しては、今までも漠然と謎の多い人物だと思ってはいたが、シルフとの契約が完了した辺りから、セスは何故かバルザスの行動や言動が気になるようになっていた。

 それに関して少し心当たりが無い訳ではなかった。それはバルゴ風穴内で見た風の記憶の事である。内容自体は記憶から消されてしまったが、その時にバルザスに疑念を抱く何かがあったのかもしれない。

 現魔王軍を組織したのはバルザスであり、彼が自分達を裏切るような行為を取る必然性は無いはずであるが、今後も注意していく必要があるとセスは1人考えていた。

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