第108話 アラタとセレーネ②
「それにしても人間っていうのは本当に面白いわねー」
「え?」
突然セレーネが話題を変える。意表を突かれたアラタは少し上ずった声を上げてしまう。
「この1週間、自分なりに強くなろうとあがいてみたけど、以前とはかなり勝手が違ったわ。魔力をここまで意識した事はなかったし、当然、色んな魔術を使う事も出来なかったから」
「ああ、そっか。火を吐いたり、尻尾で攻撃してたっけ? 威力はすごかったけど」
「そうねぇ、尻尾がなくなってしまったのは残念だけどしょうがないわね」
話題が尻尾の事に触れると、セレーネは少し残念そう表情になる。空を眺めながら遠い目をしているのだ。
「尻尾ってそんなに大事なの? そういや尻尾がなくなった事に気付いて落ち込んでたな……」
アラタの何気ない一言にセレーネは食い気味に反応した。少し怒気を含んだ声でアラタを非難する。
「とても大事よ! ドラゴンにとって尻尾は1番のチャームポイントなんだから! 形、しなやかさ、破壊力! この3点が優れているほど魅力的なドラゴンになるのよ!」
「チャームポイントで何かを攻撃するなんて話生まれて初めて聞いたよ」
そうこうしているうちに休憩時間が終わろうとしていた。他のメンバーも各々休憩から戻る姿が確認できる。セレーネも腰を上げてセス達の所に戻ろうとしていた。そこで名残惜しそうにアラタを見ながら、ためらいがちに口を開く。
「……アラタちゃんは好きな人はいる?」
いきなりの恋愛系の質問に意表を突かれ、焦るアラタではあったがセレーネの目が真剣である事に気が付くと、素直に思っていた事を述べる。
「正直よく分からない……かな。何せ、今までそういうのに縁がなかったから。けどアンジェやトリーシャとはいい関係が築けているとは思うし、俺なりに2人から好意的なものを感じる事はあるよ。……でもそれが恋愛と呼べるものなのかは分からないし……それに……」
「それに?」
「今は、こうやって訓練しているのが楽しくてしょうがないんだ。この1週間で俺なりの戦い方が見えてきて、皆に稽古をつけてもらって、少しずつ強くなっているのが実感できて毎日が充実してる。だから今は訓練に集中したいっていうのが本音……かな」
セレーネに返答するアラタの目もまた純粋なものであった。その吸い込まれそうな瞳を見て質問の主は自分の鼓動が早くなるのを実感する。
彼から感じるかつての思い人に似た雰囲気に惹かれる感じは今まであったが、今この瞬間に、彼個人に対して特別な感情を抱いている事がよく分かったのだ。
「そっか、アラタちゃんも男の子なのね」
「むしろ今まで何だと思ってたのさ…………ところでセレーネの方はどうなんだ? その……グラン以外好きになれそうな人は見つかったかい?」
「そうね……見つかったわね」
「マジで!?」
彼女の1000年来の恋への決着が思いのほか早くついた事が以外で少し驚いてしまう。同時にどのような人物が彼女のハートを射止めたのか、がぜん気になるのであった。そんな少年の心情は顔に出ていたらしく、セレーネは微笑んでいた。
「グランの事は今でも好きよ。でも、ただ思い続けるのは寂しいし、疲れちゃったわ。やっぱり実際に話したり触れ合ったりしてぬくもりを感じたくなるのよ…………あなたは、そう思わない?」
「え、あ、俺?」
セレーネの言い回しに大人の女性の色香を感じ、言いよどんでしまう。アンジェやトリーシャにも女性の色気を感じた事はもちろんあったが、それとは一線を画すより性的なものをこの時彼女から感じたのだ。
「でも、残念な事に当の本人は結構鈍感みたい。私もそれなりにアプローチしているのだけれど、全然気が付いてくれないわ。おまけに、今は恋愛に現を抜かしている場合じゃないって言っているし」
「え? それって……」
「ふふ……それじゃ、行くわね。この後も訓練頑張りましょう」
呆けるアラタを置いてセス達の方に向かうセレーネは、途中でアンジェ&トリーシャとすれ違う。2人は少し気まずそうな表情をしてセレーネを見ていた。
「2人とも分かっているとは思うけれど、アラタちゃんはちょっと鈍感系な上に奥手よ。こっちから好意をちゃんと伝えておかないと何も始まらないわよ、多分。だから、2人も頑張ってね、このままいくと私が独り占めしちゃうわよ」
そう言ってセレーネは去り、残された2人は彼女の背中を見送った後、互いに顔を見合わせるのであった。
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