第101話 男は全力投球、女は余力を残す


「アラタ様、何を言っておられるのですか? 買い物はまだ始まったばかりですよ? 下着とか上着とか水着とか……他にも必要な物がたくさんあるのです。まだ全行程の半分も消化していません」


「なん……だと!?」


 その後昼食を急いで摂った後、アラタ達は複数の店をはしごした。

 当然、その都度「どっちがいい?」イベントは続く事になり、この1日だけで彼はいくつものファイナルアンサーを経験するのであった。

 結果、彼らが買い物を終えて男連中に合流したのは、夜になってからであった。 振り返れば、日中ずっと買い物をしている状況であったのだ。

 それにも関わらず、女性陣は元気一杯で夕食後に購入した服を見せ合いっこしようと話している。

 それを見たアラタは、女性の買い物に頻繁に付き合うリア充の男達を心から尊敬し恐怖していた。


(こんなイベントにしょっちゅう付き合ってたらこっちの身が持たん。あいつらは、爽やかな顔してこんな事に付き合ってたのか……リア充は化け物か……)


 そのような疲弊しきったアラタを、男達は手厚くねぎらった。

 こういう結果になる事は想像できていたので、全てを彼に押し付けたセス達は申し訳ない気持ちとやっぱり行かなくて正解だったという気持ちがせめぎ合っていたのである。

 アラタは彼らを責める気にはなれなかった。

 それは疲れきっていたからという理由もあるが、今の自分が彼らと同じ立場になったらきっと自分も同じ事をするに違いないと思ったからだ。


 

 宿屋で夕飯を済ませた後、少し元気を取り戻したアラタの所にアンジェがやってきた。


「今日はお疲れさまでした、アラタ様。慣れない事でお疲れになったでしょう?」


「え? い、いやー、別に大丈夫だよ」


 引きつった笑顔を見せるアラタを見て、アンジェは優しい微笑みを見せていた。


「ふふ、嘘ばっかり。アラタ様は、嘘をつくのが本当に下手ですね。アラタ様が今日1日中頑張ってくれた事は、トリーシャもセレーネも、もちろん私も分かっていますよ」


 疲れきっていた魔王は、その言葉に少し救われるような気持ちになっていた。


「それに、あなたがそんなに疲れているのは、私達の無茶ぶりにそれだけ真剣に付き合っていただけたという証拠です。だからこそ私達も嬉しかったし、とても楽しかったです。私達3人だけでは、こんなに楽しい1日にはならなかったでしょう。……素敵な1日をプレゼントしてくださりありがとうございました」


 アンジェはそう言うとアラタの頬にそっと口づけをして女性部屋へと去って行った。

 去り際に彼女の顔が真っ赤になっていたのは見間違いではなかったとアラタは思ったが一瞬の出来事であったのと驚きで思考が止まっていた。

 その一部始終を皿を洗いながら見守っていた宿屋の店主は、「若いっていいねー、青春だねー」と2人の若者の今後を人知れず応援するのであった。

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