第97話 改めてあなたに忠誠を誓う 


「魔王殿、少しよろしいか?」


「うん? どうしたの、ドラグ?」


「ここではちょっと……少し離れた所で話がしたいのですが……」


「……分かったよ。行こうか」


 その夜、ドラグがいつにも増して真剣な表情を見せながら、アラタを訪ねてきた。

 いつもと少し違う雰囲気を気にしながらも、2人は野営地から少し離れた所にある岩場に腰を据えていた。


「それで、どうしたんだいドラグ? いつになく思いつめた顔してるけど」


「……拙者、そんな表情をしていますか」


「思いっきりしてるよ。もしかして、夢のブラックドラゴンに会えてまだ緊張してるとか?」


「……それもありますが、拙者の決意を魔王殿に伝えておきたいと思いまして」


「決意? なんでまた急に?」

 

 ここでドラグは夜空を見上げながら深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、自らの思いを吐露とろし始める。


「今回拙者は、ただブラックドラゴン殿に会ってみたいという思いがあるだけでした。それ故、あの方の葛藤や苦しみに寄り添う事が出来ませんでした。しかし、あなたは彼女の気持ちをしっかり考えて納得の出来る結果を手繰り寄せた。……そして、救ってくれた……あの方の心と誇りを……竜人族を代表してお礼を言わせていただきたい」


 ドラグはアラタに深々と頭を下げて、声を震わせていた。今にも泣きだしそうなドラグに、駆け寄ろうとしたアラタではあったが、そうしようとした直前で思い止まる。

 ドラグはまだ、自分の言いたい事を全て言い切っていないと思ったからだ。

 そして、ドラグはアラタの前で片膝をつき、左の掌に右の握り拳を当てる中国の拱手きょうしゅの動作をしていた。竜人族は挨拶や礼節を重んじる場で拱手を行う。


「魔王殿……拙者は今まで〝魔王〟としてのあなたの力になりたいと思っていました。しかし、今回の件でそれが変わりました。……ムトウ・アラタ殿、今日からは魔王ではなくあなた自身に忠誠を誓わせていただきたい」


「…………ドラグ」


 ドラグの告白に対し、最初は謙遜けんそんや遠慮で返そうとしたアラタであったが、その瞬間に以前バルザスに言われた事が脳裏をよぎる。「謙遜は美徳だが、それは時に適切ではない」と。

 その言葉を胸に、再びドラグの目を真っすぐに見ると、彼もまた力強い瞳をアラタ向けていた。

 その真剣な眼差しと自分への忠誠の言葉を反芻はんすうし、目の前の竜人族の将への答えを考え、そしてゆっくりと口を開く。


「ドラグ、俺なりに色々と考えてみたよ。…………頼りにしている、ドラグニール。今後も俺を含め魔王軍の為にその力を発揮してくれ」


「はっ!」


 アラタ自身、上に立つ者としての風格がどういうものなのかはよく分からなかったが、自分なりにドラグの忠誠心を真っすぐに受け取ることが一番良いと考えていた。

 元々忠誠心の高い武人たる彼が、改めて忠誠を誓うというのは、それ相応の思いがあっての事だと思ったからだ。

 だからこそ、少しずつ自分も仲間が忠誠を誓うに相応しい〝魔王としての風格〟や〝覚悟〟を持つようにしなければならないと思ったのであった。


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