第95話 元黒竜は天然姉さん

 むしろ、1000年前の激戦を生き残った猛者である彼女の加入は、実戦経験の少ない現魔王軍にとって大きなプラスになるのだ。

 しかし、ここで不安な点が浮上する。彼女が神魔戦争を生き抜いてこられたのは、ブラックドラゴンとしての圧倒的な生命力と戦闘力があればこそ。

 現在の彼女は人間の女性へと転生したばかりの人間ルーキーなのである。さすがに依然と同様の力を持っているとは考えにくかった。

 そこで、現在の彼女の力を見てみようという事になったのである。


「さっきの戦いで見てもらったと思うけれど、接近戦では尻尾による打撃が得意よ。鞭のような不規則な動きで攻撃が読めないって皆から定評があったわ」


 得意げに話す彼女は、「えっへん」という言葉が聞こえてくるように、胸を張り自信満々であった。

 胸を張った瞬間に、服から何かが弾けるような音が聞こえ、その寿命が近い事を知らせている。


(あの服……あまり着てあげられなかったわね……ごめんね……)


 元老竜の身体によって悲鳴を上げる自分の服にアンジェは心から謝罪し手を合わせるのであった。

 その間、元老竜はお尻を振って尻尾で攻撃をするような動きをしていたが、アラタ達の目には目の前でひたすらお尻をふりふりする痴女の姿が映り、皆が同じ事を思っていた。


((……もう尻尾……ないんですけど……))


 それから数分後、尻尾がない事に気が付いた女性は落ち込む様子を見せていたが、気を取り直し、一縷いちるの望みをかけて再び自らのプレゼンを再開する。


「尻尾がなくなったのは残念だけれど、私には最強の武器がある……そう、ドラゴンブレスが!!」


 その言葉を聞いた瞬間、これから待ち受けるオチが何となく分かった魔王軍一行であった。


「行くわよ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 物凄い意気込みで、口を開く女性。大きく口を開こうとするが、ドラゴン時代とは勝手が異なり苦戦している様子だ。

 1分が経過――特に変化なし。

 3分が経過――彼女の顔が赤くなっていた。周囲の人々は、少し飽きてきている様子だ。

 10分が経過――いい加減口の中が乾いたらしく、彼女はせき込んでいる。周囲の人々はドラグ以外完全に飽きて、各々好き勝手な事をしていた。

 呼吸を整えると、彼女は青ざめ焦った表情になっていた。


「ど、どうしようブレスが出ないわ! どんなに頑張っても全然出ないわ!!」


「「…………そりゃ、そうでしょうよ」」

 

 全員からの一斉同時のつっこみにびっくりする元ブラックドラゴンにアラタが真顔で答える。


「あのですね……人間は……口から熱線は出ない……」


「ええ!?」


 人間熱線放射不可能発言に、驚きよろめく女性の顔はますます青くなっていく。 先程までの自信満々の表情は、跡形もなくなっていた。


 その後、ショックのあまり倒れてしまった彼女は、テントの中で横になりアンジェが介抱のために付き添っていた。

 本人は、自分の変化に衝撃を受けていたが、アラタ達は少し面白い物が見られて賑やかであった。


「やっぱり、天然系だったな」


「そうですね、天然ですね。見た目と喋り方で何となく察しがつきましたが……」


「すっぽんぽんで大開脚で転んだ瞬間に私も天然なお姉さんだと思ったわ……」


「天然ではあるが、1000年前の戦いやそれ以降の知識もあるし、我々にとって良いアドバイザーになる……天然ではあるが」


「ああいう天然タイプは今までいなかったし、いいんじゃないの?」


 あまりにも〝天然〟を強調する皆を見て、ドラグは少し憤っていた。


「皆、あの方を天然天然と言いすぎではないだろうか? 元々は、かの有名な伝説のブラックドラゴン様ですぞ!」


 1人で元老竜の天然疑惑に抗うドラグではあったが、少々自信なさげである。


「ドラグ……素直になっちゃいなよ。本当はお前も思っているんだろう? ブラックドラゴンは天然ドラゴンであったという事を!」


「!! う……それは……」


「ドラグ……別に天然って悪い意味じゃないんだよ。……そう! それは言うなれば個性なんだよ!」


「個性……ですか?」


「そうだよ。よく考えてみなよ。例えば、近所の綺麗なゆるふわお姉さんがド天然のドジッ娘だったとしたら……なんか、こう胸が熱くならないか?」


 自論をドラグに力説するアラタの目は本気であった。その様子を見て、意図せず彼の好みを知ってしまう一行。

 さすがのドラグも、ゆるふわお姉さんの魅力を語る魔王の迫力には押される一方であり、彼の新しい一面とギラつく目を見て軽く恐怖を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る