第93話 老竜は光に消えて

「どうして……そんな……自分を武器にほしいだなんて言うんですか?」


「魔王の専用の武器である魔剣グランソラスは神魔戦争の際に消失してしまったの。だから、新しい魔王にはそれに代わる武器が必要でしょう? でも、あの剣に匹敵する物を新しく作り出す事は難しい。だから……」


「このドラゴンオーブで自分を武器に作り替えて欲しい……と?」


 老竜はただ首を縦に振るのみであった。既に身体を起こす力すらも残ってはいないようである。

 アラタには訳が分からなかった。神魔戦争は1000年も前の出来事だ。このブラックドラゴンはその当事者であったらしいが、なぜここまで自分達に尽くしてくれるのだろう? そう思わずにはいられなかった。


「ブラックドラゴン、どうしてあなたはそこまでして俺達に協力してくれるんですか? 今回の破壊神との戦いに関して、あなたは既に関係ないはずです。自分の残りの時間を自分のためだけに使う事も出来たはずなのに……どうして?」


 率直な疑問をぶつけるアラタを見つめて、少し恥ずかしそうに老竜は語る。


「……ふふっ、そうね……理由は単純よ……惚れた女の弱みというものよ……」


「え?」


 その言葉にキョトンとしてしまう魔王軍一行であったが、アンジェとトリーシャは「もっと詳しく!」といった感じで前のめりになって老竜の言葉を聞いていた。


「種族は違い姿形も全く違うけれど、私はグランを愛していたわ……すごく好きだった……だから、彼や仲間達が守ったこの世界もすごく大事なのよ……再び破壊神が復活すれば、この世界の秩序は崩壊する……だから、今私に出来る事をしたいと思ったの……それに……」


 少し逡巡しゅんじゅんする様子を見せながら、意を決した様子で老竜は続けて語った。


「それに……新しい魔王はグランの生まれ変わりだと聞いて、一目でもいいから会ってみたかったの……それに、オーブの力で武器になれば……その……これから先も一緒に……いられるかなって……思って……」


 段々と消え入りそうな声になりながらも、老竜は自身の本心を話した。

 その姿は1000年以上生きた巨大な黒い竜なのだが、恥ずかしそうにする仕草はまるで少女のようであった。


「ごめんなさい……あなたにとっては迷惑な話よね」


 少し悲しそうな目で老竜はアラタを見ていた。それに対し、アラタは何も言うことが出来なかった。


(この人は、好きな男のために1000年以上生きて、最後は自身を武器に変えてでも尽くそうとしているのか……どうすればいい? 俺はどうしたらこの人の思いに応えられる? このまま本当にオーブの力で武器に変えてしまっていいのか?)


 アラタの苦しそうな表情を見て、老竜は嬉しそうな表情をしていた。


「あなたは本当に優しいのね……あの人と同じ……こんなお婆ちゃんのわがままに真剣に悩む事はないのよ? ただ、オーブに私をあなたの望む武器にしてくれって願うだけでいいの」


「……もし、武器になったらあなたの意識はどうなるんだ? その武器に残るのか?」


 老竜は一瞬驚く様子を見せたが、すぐに首を横に振り自らは物言わぬ武器になり果ててしまう事を告げるのであった。

 アラタは、それを黙って聞くと、意を決した表情を彼女に見せて一歩前に踏み出しドラゴンオーブを掲げて自分の望みを伝える。


「ブラックドラゴン……覚悟はいいですか?」


 老竜はゆっくりとうなずき、それに応えるようにドラゴンオーブの輝きは増していき、老竜の身体をオーブから放たれた光が包み込んでいく。


(温かい……1度でいいからグラン……あなたに抱きしめて欲しかった……もし、生まれ変わることが出来たなら……今度は……)


 そして、1000年以上の天命を全うしたブラックドラゴンは光の中に消え、そこには1つの武器……ではなく、武器よりもいくらか大きい形を成していく。

 程なくしてそれは形を整え、光は消失していった。

 光が完全に消えてそこに残ったものは――1人の女性であった。

 白磁の肌に腰まで届く艶やかな黒い髪、やや垂れ目な大きい目には金色の瞳が輝いている。

 やや細身な印象の外見であったが、その胸部の双丘は自らの存在を思い切り主張していた。

 遠目にも分かる程の絶世の美女が、キョトンとした表情で一糸纏わぬ姿で立っていたのである。


 沈黙が流れていた。魔王軍全員はおろか、その女性も何も発しない。ただ、無言で自身の身体を見つめペタペタと触り始めていた。


「あら? あらあら? あらあらあらあら?」


 沈黙を破ったのは、黒髪美女の気の抜けるような可愛らしい声であった。

 さらに、美女は細身の身体に不釣り合いな双丘に気が付くと、それを揉んだり持ち上げたりして観察し、「うんっ!」と少し甘い声を漏らしていた。

 その扇情的な光景に我を忘れて食い入るように見ていたアラタであったが、これ以上はさすがに色々危険だと思い直し、自分の上着を脱いで彼女に渡そうと近づいていく。

 それに気が付いた女性は、何故か自分もアラタに向かって歩き出そうとしていた。

 だが、一歩足を前に出した途端にバランスを崩し足も滑らせ仰向けにすっ転んでしまう。

 その瞬間に足を思わず開脚してしまい、彼女の前方すぐ近くまで来ていたアラタは、彼女の転倒の一部始終を至近距離で見てしまったのであった。


「あいたたたたたた……」


 開脚状態のまま上半身を起こす美女。その反動で一糸纏わぬ胸が大きく揺れている。


(あ、あ、あ、あ、あ、あっ! ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!)


 アラタは、表情こそ硬直していたが心の中は歓喜のお祭り状態になっていた。思春期の彼女いない=年齢の少年には、あまりにも刺激が強かったのである。

 そんな少年の目からは一筋の涙が頬を伝ってこぼれ落ちていくのであった。

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