第91話 2頭のブラックドラゴン③

 2人が安全域まで退避したのを確認すると、セスはすかさず魔術を発動させる。

 敵に油断がある今こそ一気に畳みかけられるチャンスなのだ。

 もし、これを外せば敵は警戒し、まともにダメージを与える事は難しくなるだろう。だからこそ、今最大の一撃が放たれる。


「業火の咆哮よ! その力を持って我が敵を穿うがて! イグニートブラスト!!」


 魔法陣から業火の一閃がブネ目がけて解き放たれる。紫電の影響で身体に痺れが残っていたブネは、回避が間に合わずセスの全力の一撃をまともに受けるのであった。 

 

「あぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 イグニートブラストは、まさに炎のレーザー砲のような外観で攻撃範囲はセスの今までの上級魔術と比較して狭いものであり大群相手には不向きの魔術であった。

 だが、攻撃範囲が集約されている分、威力は高く単体の敵に対して効果を発揮する。

 ドラゴンの中でも最強クラスと謳われるブラックドラゴンでさえも、その威力に苦しみの声が漏れていた。

 黒い鱗を焼いていく業火の砲撃であったが、急速に威力が弱まっていく。この魔術は威力が高い分魔力消費が激しく、長時間連続使用が出来ない欠点があった。

 それでも通常の相手ならば、その短時間でも十分に消滅させられる強力な魔術ではあったが、十司祭の1人ともなると話は別であった。


「くっ! これでも駄目か!? せめてもうひと押しあれば!!」


 自らの攻撃力不足を嘆くセスであったが、魔王軍には遠距離系魔術で彼に匹敵する実力を持つ者は他にはいなかった。

 アンジェも遠距離支援を得意としていたが、彼女は回復支援も兼任しており火力面ではセスに及ばない上に攻撃属性がセスとは逆の水系なので攻撃を重ねると威力が相殺してしまう。

 そして、セスの奮闘も虚しくイグニートブラストは消失し、ブネは攻撃に耐えきっていた。

 魔力を防御に集中させていたことで致命傷にはならず、身体の表面をあぶった程度のダメージに止まっていた。

 防御のためにクロスしていた両腕の下から、怒りに満ちた黄金の双眸そうぼうが現れていた。


「よくも……よくもやってくれたわね。私の自慢の鱗がボロボロになったじゃないの……確実に殺す!!」


 ブネはドラゴンブレス発射のために口部に魔力を集中させ始めていた。だが、ここでアクシデントが起こる。


「!! がはっ! ……何? ブレスが……収束できない? どうして?」


 ドラゴンブレスは口部から放つドラゴン最大火力の攻撃手段であるが、攻撃の構造上、使用に必要な魔力は腹部で発生し喉を通過する。

 だが、最初の攻撃で彼女はそこに直撃を受けていた。アラタの〝白零〟が喉元にダメージを与え、魔力の伝達に影響を与えていたのだ。

 

「……まさか、あの程度の攻撃で? そんな馬鹿な!?」


 その直後、ブネは思い出した。アラタがかつての魔王グランの転生者である事を。そして、グランの使用していた魔術の特性を。

 マナとマナを結ぶ因子を容易に破壊する魔術は、攻撃対象が魔術であろうが生物であろうが関係なく、その存在を抹殺しにかかってくる。

 生物の頂点に位置するドラゴンであっても例外ではなかった。現にアラタの攻撃を受けた部分は、未だに機能が回復していないのである。

 ブネは魔力を使った反動で息も絶え絶えになっている少年に恐怖していた。

 もし、彼が満足に魔力を扱える状態になったとしたら非常に危険な存在になると実感したのである。


「たとえブレスが使えなくても、今なら殺れる! 魔王! 死になさい!!」


 ブネは他の者に目もくれず、狙いをアラタに絞って襲い掛かる。白零を使用した反動で歩くのもやっとのアラタには逃げる事などできない状態であった。

 魔王軍全員がアラタを守るように防御の陣形を整える。そこに巨大な黒竜が突撃してくる。

 そして、その魔手が魔王軍に襲い掛かる直前でそれは起こったのであった。

 ブネの腹を黒い尻尾が強打し、身体がくの字に曲がる。続けて顎下を打ち抜き後方に吹き飛ばしたのだ。


「これ以上は……やらせない!」


 老竜はボロボロの身体に鞭を入れ、身体を起こしていた。さらに、その身に強大な魔力が集中し始める。

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