第89話 2頭のブラックドラゴン①

 その音は段々と大きくなっていき、間もなく黒竜が取りついた部分の結界に亀裂が入り始めていた。

 そして、一際大きな咆哮を上げると同時に結界がパリンと甲高い音を立てて消滅したのである。

 結界を破壊した勢いのままに山道に強行着陸した黒竜は、眼下で戦闘態勢を整える魔王軍を一瞥いちべつすると視線を山頂へと向ける。


「な、なんだこいつ。俺達が目的じゃないのか?」


 アラタの言葉に反応し、その竜は吐き捨てるように話す。


「私があなた達の様な虫共の為に、わざわざこんな所まで来るとでも? 分をわきまえなさいな」


 それは若い女性の声であった。明らかな敵意をアラタ達に向けてはいるが、その言葉から目的は魔王軍ではないらしい。

 

「じゃあ、俺達をここで待っているブラックドラゴンとは別の個体って事か?」


「私をあんな死にぞこないと一緒にしてもらいたくないわね! そう言えば……あなた達も一応敵対勢力の1つではあるし……ここで消えてもらうのもいいでしょうね」


 目の前の黒竜は、攻撃目標を魔王軍に変更すると同時に背筋が凍るほどの殺気と魔力を叩き付けるのであった。

 そのプレッシャーにより、戦闘態勢を取りながらも魔王軍は一時的に身体がマヒしたように動けなくなっていたのである。


「くっ! なんというプレッシャーだ! 身体が……動かない!」


「この状況はまずいですね。……このままでは……一網打尽に……くぅ」


 彼らがまともに動けないのを確認すると、黒竜は半ば呆れたような声を出す。


「この程度の魔力の開放で、動けなくなるなんて所詮は我々の敵ではないようね」


「我々……だと?」


「死ぬ前に教えてあげるのもいいでしょう……私は破壊神ベルゼルファー様を信奉する組織〝破神教〟の十司祭が1人〝ブネ〟……それじゃあ、さようなら魔王軍の方々」


 別れの言葉を述べると、ブネは再び口部に魔力を集中し始めていた。この至近距離でブレスの直撃を受ければ、無事では済まないと分かっていても魔王軍は皆、魔力による金縛りから脱出できないでいた。

 絶望感が彼らを押し潰そうとする中、山頂から何かしらの生物の咆哮が聞こえ、山全体に響き渡る。それはまるで自分の存在を他者に伝えるかのようであった。


「! なんだ? 今度は何が現れたんだ?」


「魔王様、あれを見てください!」


 バルザスが視線を向けた先には、凄まじいスピードで山を滑空してくる黒い竜の姿があった。

 眼前の黒竜とは違って、その竜の鱗は艶をなくし、所々白っぽく変色しており一目で年老いているという事が分かった。

 ブネは滑空してくる黒竜の姿を認めると、ブレスの狙いを魔王軍からその竜へと変更し即座に放つ。


「グウォォォォォォォォン!!」


 年老いた竜は、ドラゴンブレスをぎりぎりで回避すると、そのまま若いブラックドラゴンに突撃していく。

 だが、ブネは後ろ足を踏ん張ってその衝撃に耐え、老竜を押し返し、そのまま地面に叩き付けるのであった。


「……無様ね、あれだけ勢いよく飛び込んできたと思ったらこの程度なんて……伝説のブラックドラゴンも地に落ちたわね」


「ルシール……あなたは……」


「そんな名前で私を呼ばないでいただける? 私は十司祭のブネよ! そんな名前の弱者は1000年前に死んだわ!」


 ブネは地面に突っ伏した老竜に容赦なく蹴りを入れていく。老竜はくぐもった声を上げながら、反撃することも敵わず一方的に攻撃を受けていた。

 ついには、力なく地面に横たわる老竜の顔面を踏みつけ、そのまま潰そうとしている。


「くそ! ……あの竜は俺達を助けに来てくれたのに、痛めつけられるのを黙って見ているだけなんて……こんなバカな事……あって……たまるか!!」


「アラタ様!?」


 目の前で傷つけられていく老竜の姿を目の当たりにし、アラタの怒りが高まっていく。

 そして、その怒りによって再び封印の扉が無理やりこじ開けられていくのだった。

 無理やり引き出された魔力がブネの魔力に干渉していき、アラタ達の周囲で火花が散る。

 先程まで魔力を感じなかった少年から発せられる異常な出力の魔力に、魔王軍もブネも老竜すらも驚きを隠せないでいた。


「何? どういう事? 魔王は魔力が封印されているんじゃなかったの?」


「…………おい、そこの駄竜! その汚い足をとっととどけろ!!」


「なっ! だっ! なんですって!!」


「その足をどけろっつったんだよ、このくそドラゴン! 殺すぞっ!!」


 アラタは魔力を開放しつつ、金縛り状態であった身体を無理やり動かし、自分達の動きを止めていたそれを力づくで無理やり引きはがすのであった。

 それにより、魔王軍全員の金縛りが解かれ全員が自由に動けるようになったのである。


「ば、馬鹿な! 私の〝封縛ふうばく〟を無理やり引きちぎった!?」


「……やっぱり、魔術を使用してたか。随分と小細工をしてくれたじゃないか!」


 不完全な状態であるにも関わらず、魔王軍全員の動きを封じていた魔術を無力化した事にバルザスを始め全員が驚いていた。

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