第88話 アラタの嗜好と急襲の黒竜

「それに、他の皆だって自分を忘れて夢中になる物の1つや2つあるよ」


「そうなの?」


「うん……まぁ、そういうのは俺にもあるし……」


 それを聞いて、トリーシャの目が輝きだしていた。彼女の尻尾がさらに勢いを増して揺れているのが確認できる。


「……もしかして知りたいの?」


「知りたい! 私、マスターが好きなものを是非知りたいわ」


 彼女の真っすぐな瞳に気圧されつつ、話してしまうべきか悩むアラタの後方に人影が一つあった。


「それは私も知りたいですね、アラタ様。我を忘れて夢中になれる物とは一体何なのですか?」


「くっ……アンジェか。そろそろ現れるんじゃないかと思ったよ」


「あら? そうなのですか?」


「お前はいつも、俺が困っている時に顔を出すからな。付き合いも長くなってきたし、段々パターンを読めるようになってきたよ」


 それを聞いて、アンジェは少し驚いた後に、微笑みをこぼす。

 だが、それはそれ、これはこれでメイドは魔王が夢中になる物を執拗に知りたがり、ケモミミ娘も同様であった。

 2人の美女に迫られ、内心悪くないと思う一方で、ここで自分の嗜好しこうを暴露すれば白い目で見られるという恐怖が付きまとっていた。

 そう思いながらも、退く意思を見せない2人にとうとう折れるのであった。


「…………俺は、大き目な……胸が……好みです……ごめんなさい」


「……………………」


 発言後沈黙が流れる中、気まずい思いをするアラタは後悔にさいなまれたが、他に選択肢が無かったので仕方がないと諦めていた。

 

「……と言うと、こういうのはアラタ様にとってどうなのでしょう?」


「ど、どう? マスター?」


 申し訳なさで俯いていたアラタが、2人の問いかけにより顔を上げると、そこには各々両腕を組み自らの胸を強調する2人の姿があった。

 2人とも胸を押し上げて強調してはいたが、それを差し引いても元々十分すぎるボリュームを有している。

 アンジェは以前自身の双丘を〝F〟だと言っており、実際迫力満点であったが、隣にいるトリーシャも彼女に負けてはいなかった。


「すっ、すんばらしいと思いますです!」


 感動のあまりに語彙ごいが死滅しただけでなく、まともな言語機能まで失いかけたアラタであった。

 


 3人がそのような独自の空気になり、セス達がその様子を生暖かい目で見守っていると、そこに突如不穏な気配が近づく。

 その気配にいち早く気が付いたトリーシャが、その気配の方向に視線を向けると遥か向こうの空に黒い物体が確認できる。

 アラタもその方角を見ると、確かに何かがいた。しかも、それは、段々と大きくなっている様に見える。


「! 何かがこっちに来る!!」


 飛行しながら近づいてくるそれは、みるみるうちに大きさを増し、次第に形が判別できるようになってきた。

 左右に巨大な翼があり、まるで飛行機のようであったが、その様な物がソルシエルに存在するとは考えにくい。

 ならばあれは一体何なのであろうか? アラタが疑問に思ったその答えはすぐに判明する。


「あれは……ドラゴンだ……それも黒い……」


「じゃあ、もしかして俺達を待っているブラックドラゴンってあのドラゴンなのかな?」


 バルザスやロックの目にもその物体の姿が明らかになると、その隣でドラグは感動の余りに失神寸前の状況であった。

 そう思っていた矢先、その黒竜の口元に黒い光が集中し始めていた。それを目の当たりにしたバルザスが叫ぶ。


「!! いかん!! 攻撃が来るぞ! 全員逃げろ!!」


 その瞬間、黒竜の口部から黒色のブレスが魔王軍に向かって放たれた。バルザスの叫びに反応し、回避行動に移る魔王軍であったが、ドラゴンブレスの範囲が予想以上に広く逃げおおせるのが難しい状況であった。

 全員が攻撃に備えて防御を最大まで引き上げ、ドラグはアラタを庇うために彼の前に立ちドラゴンブレスの直撃に備えていた。

 だが、黒竜の攻撃は魔王軍には届かなかった。ドラゴンブレスが直撃する寸前に障壁の様な物に防がれていたからだ。


「これは……まさか結界か?」


「どうして、こんな所に結界が張ってあるんだ?」


 予期しなかった救いの手の存在に驚いた魔王軍であったが、眼前の脅威はまだ去ってはいなかった。

 黒竜が自らのブレスが直撃した結界部に突撃してきたのである。その衝撃が結界に負荷をかけ、ビキビキと何かがきしむような音が響き始める。

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