第85話 好感度上げの基本は日常会話から

 ならば何故ドラグはブラックドラゴンの件を覚えていたのだろうか? それは、竜人族は一族通してのドラゴン信仰者であり、ドラグもその例外ではなく、この2か月間ずっとブラックドラゴンに会えることを楽しみにしていたからであった。

 それ故、全員がその件を忘れていた事に少なからずショックを受けているのである。


「あのブラックドラゴンが……生きた伝説が待っていてくれているというのに、何と嘆かわしい」


「……ごめんドラグ、完っ全に忘れてたわ!」


 普段冷静なドラグが、珍しく戦闘以外で感情をあらわにしているのを見て、危険と感じたアラタ達は素直に彼に謝るのであった。

 そして、次の目的地はブラックドラゴンの待つアグノス山へと変更されたのである。



 アグノス山を目指す前に、このハンスにて2日ほど休息を取ることになった。それには新しい旅の前の準備も含まれていた。

 マリクで補充した物資の多くは、バルゴ風穴や渓谷での移動中に消費してしまったからである。

 アグノス山は、ハンスから徒歩で1週間程かかる。さらに、ブラックドラゴンが居を構える山頂付近まで登ることを考えると、入念な準備が必要となるのだ。

 とりあえず買い出しは翌日にするという事で、アラタ達はチェックインを済ませておいた宿屋に早めに戻り、休もうという事になった。

 ハンスには長旅で疲れた旅人の為に巨大な大衆浴場があるのだが、アラタ達は夕飯前にそこで身体を綺麗さっぱりにし、酒場でお腹を満たし、程よい感じで宿屋の部屋でくつろいでいた。

 部屋は、大部屋を2つ借りて男性と女性に別れて使用していた。ロックはベッドにダイブすると10秒と経たないうちに寝息を立て始める。


(こいつはもうロクエモンじゃない。ロクタ君だな……)


 ベッドで心地よさそうに眠るロックを見て、アラタは心の中で1人つぶやくのであった。

 アラタは部屋を出て行こうとすると、セス達に呼び掛けられるが「日課」と言い残し、宿屋の裏側にある空き地に来ていた。


「さてと……今日のノルマの腕立て500、腹筋500、スクワット500、ランニング10キロメートルは既に済ませたからこいつの時間だな」


 そう言うと、剣を取り出し素振りを開始する。

 初めて、剣を持って素振りをした時は、剣の重みで思うように振う事が出来なかったが、基礎体力をつけ剣の重さにも慣れた今では素振り3000回は楽勝であった。


「そろそろ、回数上限上げてみるかな? 今の回数にも慣れてきたし……後でロックに相談してみるか……」


 アラタは基礎体力訓練に関してロックに相談し、助言を得ていた。現在はロックが指定した回数をノルマとして筋トレをしている。

 剣術に関してはバルザスに師事し訓練中であり、素振り1日3000回も彼が設定したものだ。

 2人からの訓練メニューを忠実にこなしている状況であったが、その甲斐あって基礎体力や筋力はこの短期間で随分向上していた。

 勉強よりも身体を動かす方が好きであったアラタにとって、訓練はそれほど苦では無く、むしろ肉体はもちろん精神すらも充実している感覚を覚えていた。

 特にバルゴ風穴でのグリフォンとの戦闘時に自ら出した〝白零びゃくれい〟という魔術の存在が、訓練のモチベーションを底上げしていた。

 魔力が封印されているお陰で、自分が本当に魔術を使用できるかどうか、ずっと半信半疑であったが、その状況に決着が着いたのである。


(もしかしたら、もっと強くなったら皆みたいに他にも使える魔術が増えるのかもしれない。……もっと……もっと強くなりたい!)


 はやる思いに剣を振う腕にも力が入ってしまう。

 そんな時に、凛とした女性の声が聞こえてくる。


「少し力が入りすぎじゃない? もっとリラックスした方がいいと思うわよ? マスター」


「!! ああ、トリーシャかぁ、びっくりした。 どうしたんだ、こんな時間に? 散歩?」


「えっ? ええ、そうね、散歩かしらね?」


 彼女にしては妙に歯切れの悪い返答に、少しいぶかしむアラタであったが、自分の手が止まっている事に気が付くと素振りを再開しながら、彼女と何気ない会話をしていた。


(そう言えば、俺って気が付かないうちに女の子と普通に話せるようになっていたんだなー)


「? どうかしたのマスター、急にボーっとして?」


「えっ? ああ……いや、なんでもないよ」


 不思議そうな表情で自分を見つめる大きな瞳に、鼓動が早くなる。よくよく考えると、町中まちなかでトリーシャと自然に会話をするのは初めてであった。

 今まで2人には微妙な距離があり、こうして直接会話をする事もなかったのである。

 バルゴ風穴でわだかまりが解消された事で、普通に会話が出来るようになっていた。

 シルフとの契約後、ハンスに向けて渓谷を移動する時も何気なく会話する仲になっていたのだ。

 2人の変化に最初は皆も驚いていたが、現在ではそんな状況にも慣れたようである。

 会話の内容としては、好きな食べ物や趣味の話など色々であったが、魔術や槍術に興味津々のアラタは、以前から気になっていた彼女の戦い方についてよく質問をしていた。

 トリーシャ自身、若干戦闘狂の気がある程の戦い好きなので、この話題に好意的であった。

 それが幸いしてか、2人の会話は弾み、急速に仲が良くなっていったのである。

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