第83話 2つ目の契約

「はぁーーーっ!? 何言ってんの? なんで記憶を消されなきゃならないんだよ?」


 食らいつくロックと同様に、うんうんと頷く他の若者達を見て、シルフは深くため息をつき彼らを一瞥いちべつした。


「あのねー、あんたらがさっき見た風の記憶は、本来なら知り得ない未来の可能性の一部なのよ? もし、その情報をあんたらが持ったままだと、それが原因で未来に悪影響を与えかねないのよ! 例えば、あんたらが目を覚ました魔王に『将来めっちゃ強くなりますよ』なんて言ったら、それを鵜呑みにして修練を怠ったりして弱くなる可能性もあるの! 分かった?」


 シルフが放った言葉の矢は魔王軍全員に深く突き刺さった。彼女の言った事は至極まっとうであり、自分達のせいで魔王の実力に下方修正が加わったら目も当てられないのだ。

 もしかしたら、それが原因でヒュドラにも太刀打ちできないかもしれない。それどころか、それ以前の戦いの中で敵に負けて死亡する可能性も否定できない。

 その最低の結末を回避するには、自分達が知り得た未来の魔王の活躍を忘れるという選択が最善なのだ。

 後ろ髪を引かれる思いながらも、皆シルフの要求を受け入れる方向にまとまった。だが、その前に確認しておかなければならない事がある。


「ところでシルフ……あなたは、魔王様の可能性を目の当たりにして、何を思いましたか? 我々は、魔王様と共に破壊神と戦う所存です。……それを今、あなたはどう思っていますか?」


 セスがシルフに問いかける。元々、風の記憶を見ることになったのは魔王の可能性の低さを明らかにすることで、魔王軍の士気を瓦解させ、破壊神との戦いを避けさせるためのものであった。

 だが実際は、皮肉にもアラタの強さを目の当たりにする結果となったのである。

 あの状況でシルフも色々と衝撃を受けていたのは、セス達の目から見ても明白であった。


「……分かったわ、正直に話す。今のあーしは――」




 アラタが目を覚ますと洞窟の固い地面の上で横になっていた。暫く寝ていたのか背中が少し痛い。

 周囲を見回すと、他の皆も同様に横になってるのが確認できる。どうして、こんな事態になっているのか、寝ぼけた頭を必死に働かせて考えるのであった。


「目が覚めたみたいね」


 アラタが驚いて声の聞こえた方に目をやると、そこには羽の生えた小さいコギャルが浮かんでいた。

 彼女は真剣な眼差しでアラタを見ていた。シルフからそのような目で見られた記憶がないアラタは、彼女が何故いきなりそんな目で自分を見るのか理解できなかった。


「俺……何かしました?」


 不安げな表情を浮かべる魔王には、如何せん頼りない雰囲気があった。だが、その目には、風の記憶内で見たものと同様に強い意志を感じる。


「それじゃ、契約をしましょうか」


「えっ? 契約? いいの?」


 アラタの記憶が正しければ、シルフには散々『魔王軍を解散したほうがいい』とか、『このままいけば確実に死ぬだろう』という否定的な言動が見られていたはずなのだ。

 なのに、急に契約を向こうから進言してきたのだ。アラタは訳が分からないという表情を見せ、それを見たシルフは少しだけ、未来の可能性を彼に打ち明ける。


「あんたの未来の一部を見せてもらったわ。……まぁまぁ、それなりに頑張っていたみたいだし、特別に契約をしてあげる……いい? 『特別』なんだからね!」


 『特別』をやたら強調するシルフに、少し引き気味のアラタではあったが、契約をしてくれるのならありがたいという思いが勝る。

 彼女の申し出を快く受ける事にし、契約の儀式が開始される。


「汝、魔王アラタ。我、風の精霊シルフの加護を与えん」


 シルフの祝詞のりとが終わると、アラタの左手の甲に緑色の紋章が輝きだす。それに共振するように、右手の甲にあるイフリートの赤い紋章も光り出すのであった。


「これでやっと半分か……あとは大地の精霊ノームと水の精霊ウンディーネ……だな。ありがとうシルフ!」


 シルフにお礼を述べるアラタ。その純粋な笑顔に、顔を赤くする風の精霊がいた。直視できないのか、顔を横に向けたまま怒っているような表情をしている。


「い~い? あーしがこんな特別待遇するのなんて滅多にないんだからね! ちゃんとありがたく噛みしめて、必ず残りの契約も完遂させなさい! ……その先の選択はあんたの自由だけど……とにかくそれまで死ぬんじゃないわよ」


 最後の方は消え入るような声であり、ちゃんと聞き取れなかったが、アラタはシルフに礼を言うと冷たい床で横になっている仲間たちを起こすのであった。

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