第82話 風の記憶――黒騎士④
焦る魔王軍の中で唯一バルザスだけが冷静であった。
アラタが黒い騎士の姿で現れた時には、彼だけがその正体に気が付き興奮していたが、今は逆にその戦いを冷静に見守っている。
「それならば、問題ないだろう〝
「〝魔装〟? 何、それ? あれはローブじゃないの?」
「ローブは魔力を行使可能な者が自ら作り出す、術式兵装に分類される。魔術も同様だ。だが、魔装は〝ある物〟に備えられた術式兵装で個人単体では扱えない」
「……では、その〝ある物〟とは何なのですか?」
初めて耳にする〝魔装〟という単語に食い付くトリーシャとセスに対し、淡々と初老の紳士は答えていく。戦うアラタを見ながら話すその表情は、どことなく懐かしい物を見るかのように優しかった。
「それは、神魔戦争時に存在した5つのロストウエポンの事だ。そのうちの1つが、今魔王様が所持している魔剣グランソラスなのだよ」
「……あの剣に魔装を使用できるようになる機能があるのですか?」
「うむ。だが、誰にでも扱えるものではない。魔装はその高機能性ゆえ、魔力の消耗が激しい。それに、魔闘士にとって魔装は外部から強制的に介入してくる術式的異物に過ぎず、本来拒絶反応が出るのだ」
「ええっ!? それってまずいじゃないの?」
「そう、だからロストウエポンには、その調整役として意思を持たせた。使い手とロストウエポンのシンクロ率を高めることで拒絶反応を抑えるためにな」
「「……そうなんだ」」
バルザスの説明で色々と合点がいった。ヒュドラ戦の時に、なぜ武器に意思があるのか疑問であったが、そんな裏事情があったとは。
だが、ここまで来るといよいよバルザスの正体が気になってくる――あまりにも知りすぎているのだ。
神魔戦争時にしか現れなかったヒュドラについても、魔剣グランソラスについても、まるで自分の目で見た事があるかのように話している。
「バルザス、あなたは一体――」
セスが口を開きかけた時、周囲に白い眩い光が広がっていき、皆の意識がそちらに向かった。
アラタがグランソラスに魔力を集め始めたのである。剣の輝きが一層強くなったところで、黒騎士は虚空を大きく両断する。
すると、グランソラスから放たれた、魔力の波動が周囲に拡散し、この場に立ち込めていた瘴気を一掃する。
瘴気として形を成していたマナの集合体が、その因果から解放され光の微粒子へと変わり大気に還って行った。
「……やるじゃねぇか……なら小細工なしに本気でやるか。お前もまだ本気を出してないんだろ?」
アスタロトの顔のにやつきが一層強くなり醜悪さに拍車がかかる。一方、アラタは黒銀の兜により表情は分からなかったが、敵の呼びかけに応えるように魔力をさらに高めていく。
魔力を高め続ける2人の周囲は、魔力の衝突の余波で地表に亀裂が走り、暴風が吹き荒れる。
そして、一際大きな岩が魔力の余波で粉々に弾けたのを合図に、2人はその場を飛び出し衝突する……という所で、魔王軍の周囲に風が吹き荒れ、気が付くと元の風穴の岩壁が視界に入っていた。
「あ、あれ? ……元に戻った? なんで? 今、物凄くいいところだったのに!」
「そうですね。出来れば、先程の続きを見たいのですが……」
「……うっさいわねー。見せられるものなら、見せてあげたいわよ! でも、あの先からは干渉が強くて見られないの!」
非難するロックとアンジェに、怒り口調で答えるシルフであったが、彼女の心境に大きな変化が起きていた。
しかし、それはそれ、これはこれとして、風の記憶を見た者に対してやらなければならない処置があった。
「……さて、とりあえずやる事やらないとね!」
「何をする気なのですかな?」
「何って、あんた達の記憶を消すのよ。今見た風の記憶の内容を……一切合切」
しれっと答えるシルフに、しばし沈黙する魔王軍であったが、彼女の言動の内容を頭が理解すると非難の嵐が殺到するのであった。
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