第81話 風の記憶――黒騎士③
その時であった。今まで、ほとんど発言の見られなかった黒騎士が、その重い口を開く。
「…………うるせーよ。何、被害者ぶってんだ。……お前は、無抵抗の人間を少しずつ痛めつけ絶望させて、最後に命を奪って楽しむ……そんな最低のクズヤローだろうが! 腕1本なくなっただけで、いつまでもギャーギャー喚くんじゃねーよ!」
黒銀の鎧を纏ったミステリアスな外見とは裏腹に、怒気を含んだその声はとても感情的なものであった。
魔王軍の皆はその声に聞き覚えがあった。そして、その者を心の中に思い描く――いつも喜怒哀楽がはっきりしている少年の姿を。魔王と呼ばれ、苦笑いをする少年の姿を。
「言うじゃねーか! かかかかかかかかかか!」
「……その気色悪い笑い方も、その
「はっ! やれるもんならやってみるんだなぁ……だがなぁ、そうはいかないぜ。あの時のように、なぶって、痛めつけて、切り刻んでやるぁーーー! くかかかかかかかかかかか!!」
「お前の好きにやらせるか! 絶対にぶっ殺す!!」
再びぶつかり合うアラタとアスタロト。互いに幾つもの残像を残しながら、何度も刃を交えていく。アンジェ達は、2人の動きを追うのが精一杯であった。
もし、これだけの動きをする敵と戦う事になれば、身体の反応が追いつかず一瞬で負けるであろうという事を思いながら――。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね! シネシネシネシネシネシネシネェーーーーーーー!!」
「……くっ!」
スピードを最大限に生かし、銀色の爪とダガーから繰り出される鋭い攻撃をしのぎつつ、グランソラスの斬撃で対応するが、アラタは徐々に押されていく。
(スピードは向こうが上か! ……でも!!)
アラタは刀身に纏わせた魔力を高め、遠距離による無数の斬撃を繰り出す。
自慢のスピードに対応した攻撃によって動きを封じられたアスタロトは、逆に押し込まれ防御の上から襲い掛かる斬撃の嵐により徐々にダメージを蓄積させていく。
「がっ! くそがっ!」
「ここで一気に潰す!! くたばれ、アサシン!!」
「そうはいくかーーーー!!」
吐き捨てるように言うと、アスタロトは銀色の腕を前面に押し出し、魔力を開放する。
その爪先から発せられた5つの紫色の刃が再びアラタを襲うが、その身体を捉えることは叶わず、虚しく地面を抉る。
そこで異変が起きた。抉られた地面の周囲から煙が発生したかと思うと、ドロリと地面が溶けていたのである。
アラタは、それを確認すると一旦後方に跳んで間合いを取る。
「あれは! ヒュドラと同じ溶解液か!?」
「いや……違う! ヒュドラはあくまで生態として溶解液を備えていた。だが、あれは恐らく……毒系統の魔術によるものだと思う」
「毒……ですか?」
「ああ、そうだ。対象物質を溶かす程の極めて殺傷性の高いものだろう」
バルザスの推測は当たっていた。アスタロトは次々に自身の魔力によって生成した物質を周囲にぶちまけ、そこからは瘴気が立ち込めていた。
この戦場から離れようと野生の狼が付近を走り去ろうとしたが、急に倒れ口からは泡を吹き身体は痙攣していた。
そして、間もなく絶命したのである。その一部始終を目の当たりにしたドラグは、そのような環境で戦い続ける魔王の安否を心配していた。
「かような状況下で魔王殿は大丈夫なのでしょうか? 今は耐えられても、いずれ毒気にやられてしまうのでは?」
他の者も同意見であった。ローブの生命維持機能や魔力による防御によって、ある程度ならば瘴気に対抗できるかもしれない。
だが、魔力が低下しローブの防御機能が弱まれば一気に身体が毒に汚染される危険があるのだ。
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