第79話 風の記憶――黒騎士①

 アラタが放った巨大な白光の斬撃は一撃でヒュドラを跡形もなく葬り去った。その一部始終を見ていた魔王軍の面々は只々ただただ驚くばかりであった。

 この風の記憶に投影された魔王の戦いぶりに、終始驚いていた魔王軍ではあったが、彼ら以上に驚いている者がいた――シルフである。


「嘘……でしょ……あのヒュドラの騙し打ちを看破した挙句に止めを刺したあの技の威力……あれじゃグランと同等、いやもしかしたらそれ以上の……」


 シルフが1人つぶやいていると、ふと我に返った時には彼女以外の者達が皆彼女を凝視していた。


「どうやら、シルフも魔王様の力に納得がいったようですね。良かった良かった」


「あんな戦い見せられたら、ぐうの音も出ないよな」


「「確かに!」」


 自分達の主君の成長ぶりに驚くシルフの姿を見て、魔王軍の皆はご満悦の様子だ。

 「アラタに成長は望めない」など散々言われた後のこれなので、非常に気分が良い。

 だが、アラタの可能性に気付きつつも何だか悔しいシルフは泣きの1回を彼らに懇願した。


「ちょちょちょっ! ちょっと待った! あと1回! あと1シーンだけ見よ! もう少し未来のもっとよどんだ風の記憶! その内容で決めましょ!」


 必死にアンジェ達に食い下がるシルフには、最初に現れた時のコギャルのキャラ性は既になく、彼女がやはりコギャルキャラを演じていたことが露呈した瞬間でもあった。

 彼らにしてみれば、成長したアラタの異なる場面を見られるという事で、願ったりかなったりであったのだが――。

 この先映る未来がどのような内容であったとしても、彼らは受け入れる覚悟が出来ていた。


「よーし、次に行くわよ~」


(このまま、この子達が下手に希望を持ったまま進んでいけば悲劇的な結末が待っているのは火を見るより明らか……なら、どんなに残酷な結果だろうと、それを受け入れてもらう他ないわ……でも、もし……もしも、この淀みの強い風の中で、あいつが抗うことが出来ていたなら……その時は、私も……)


 シルフが腹をくくる中、再び突風が吹き荒れ、周囲の風景が変わっていく。

 しばらくして突風が止むと、そこは血のように赤い夕刻の空が広がる、赤色が支配する世界であった。


「夕方? こんなに赤いのは珍しいですね」


「そうだな。でも、なんか薄気味悪いな、ここまで赤いと。……まるで血液みたいだ」


「……逢魔おうまとき、というやつだな。こういう時は大抵良くないことが起こるものだ」


「………………」


 バルザスの一言に全員が黙ってしまう。普段あまり余計な事を言わない分、彼の発言にはそれなりのインパクトがあった。

 それ故、皆はバルザスに対し非難の目を向けていた。


「ちょっと、バルザスー。怖い事言わないでよ」


「はははっ! すまんすまん。たまにはこういうのも雰囲気が出て良いかと……」


 そうバルザスが言いかけた時だった。彼らの眼前に、上空から何者かが落ちてきたのである。

 正確に言えば、落ちてきたというよりは、何らかの力により地面に叩き付けられたという表現が正しい。

 その証拠に、その者が落ちてきた場所は、落下の衝撃で地面が破砕されていた。

 立ち上がる、その男を見た瞬間、魔王軍全員に戦慄が走る。男の纏う魔力が、あまりにも強大かつ禍々しいものであったからだ。

 外観も纏う魔力同様に禍々しいものだった。身体にフィットした黒色の軽装のローブは忍者のようであり、暗殺を生業なりわいにする者が好むものであった。

 だが、そんな隠密性を追求したローブとは逆に、その右腕は銀色で鋭い爪が5本生えており、生来のものではないことが分かる。

 そして、その鋭い目は人のものとは思えない程冷たく、ギラギラしており、左手には赤い刀身のダガーを持っていた。


「くくくくくっ! くかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか!!」


 その男は突然、甲高い奇妙な音を出し始めた。それは、あまりにも不気味で不快感を煽る音であり、男の笑い声であることが分かるまでに時間を要した。


「何!? こいつ、気持ち悪い!」


 不気味な笑い声と禍々しくも強力な魔力に当てられて、トリーシャを始め魔王軍の面々は気分が悪くなっていた。

 この異質な存在は一体何者なのか? 恐らく敵であろうことは想像できたが、こんな強大な存在がこの先に待ち受けているかもしれないと考えると絶望感で押し潰されそうになるのであった。

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