第78話 風の記憶――魔王無双⑧

 ヒュドラとの戦いに決着がついたかに思えた。だが、バルザスだけは表情が険しいままだ。


「まだだ! まだ、終わっていない。あれが、ヒュドラならまだ隠し持っているはずだ。それに気が付く事が出来なければ、魔王様は負けるかもしれん」


「え? バルザス、それはどういう事? 頭は2つとも無くなって死んだんじゃないの?」


 いぶかし気にバルザスを見る若者達。この風の記憶を見始めた頃から彼の様子がおかしい事に皆が気付き始めていた。

 アラタの持っている漆黒の剣の事、初めて見るはずのヒュドラについても詳しい事……よくよく考えてみれば、バルザスの経歴について詳しく知っている者は誰もいなかった。

 だが、現魔王軍を作り上げたのは彼であるし、普段の行動からも信頼に足る人物である事は分かっている。それ故、若者たちは困惑していたのである。

 魔王軍の中で微妙な雰囲気が広がる中、戦場で動きが見られた。


「……死んだふりのつもりか……なら、無理やり引きずり出す!」


 そうつぶやくと、アラタはグランソラスをヒュドラの胴体に突き刺し、先程と同様に魔力を伝達し始めた。破壊の力がその巨躯に広がっていく。

 彼の行動は、一見絶命した相手に、さらに攻撃を加えるという奇行に見られるかもしれない。だが、彼がそのような行動に出た理由の回答は程なくして提示される。

 突然地震が発生し、地面には亀裂が走っていく。亀裂は段々大きくなり、やがて一部の地面が盛り上がり、そこから巨大な首と頭部が姿を現すのであった。


「!! 地中から別の首が出てきた!?」

「あいつは二首の魔物じゃなくて三首の魔物だったのか!?」


 先程まで厳しい表情をしていたバルザスの表情が一変し、驚きと喜びの入り混じった表情をしている。


(何と……何という事だ。……魔王様は、ヒュドラの狡猾さを上回る洞察力を持っている。……何たる成長だ。これなら……彼ならばグラン様以上の魔王になり得るかもしれん)


 激しく揺れる胴体から離れたアラタは、ヒュドラの正面に降り立ち、狡猾な蛇の魔物を静かに睨み付けていた。


「何故だ……何故分かった? いつから気付いていた?」


「え? ああ、3本目の首の事? そんなの最初からだよ。ここに到着した時に、地中にあるお前の首の魔力を感知したからな。戦い始めた時には、その反応はどんどん強くなっていたし、3本目は保険として……もしくは騙し討ちように取っておいたんじゃないかって踏んだのさ」


 ヒュドラは後悔していた。この男と戦おうとした事を。

 そして、眼前に佇む小さな人間に心の底から恐怖していた。この3本目の首は、アラタの言った通り、地上の2本の首がやられた際の保険であり、自分を倒したと思い込み油断をした敵に不意打ちを与える最終手段であった。

 そのため、普段は地中に隠ぺいしている。当然、敵に感知されないように仮死状態にしているのだ。だが、それでもなお、この男はその存在に気が付いていた。

 最初から、自分の手の内を読んだうえで戦っていたのだ。手の上で転がされていたのは自分であったと、ヒュドラは今確信したのである。

 もう逃げることは出来ない。この男は既に自分を逃がす気はないと考えたヒュドラは最後の手段に打って出る他になかった。


「……この第3の首からは強力な熱線を放つ事が出来る。後ろには貴様の仲間や町がある。……もし逃げれば全てが火の海だ。……さあ、どうする? 人間?」


「ったく! さっきのエンザウラーと同じやり口かよ。偉そうな事を言っている割には工夫がないな」


「! うるさい! だまれっ!」

 

 アラタの指摘に痛い所を突かれたのか、ヒュドラの怒りは頂点に達していた。その口部に凄まじい魔力と共に赤い炎が溢れんばかりに集中し始めていた。

 それを目の当たりにして、アラタもまた魔力を高めていく。だが、それは今までの比ではなかった。

 彼の身体から、彼の魔力の象徴たる白い光が大量に噴き出し、グランソラスに集まっていく。

 今までアラタが使用していた魔術や技とは比較にならない魔力が、漆黒の剣に集まっていき、刀身部は大量の魔力を帯びて白い光の鞘に包まれているようである。

 漆黒の剣は今や白光の剣へとその姿を変え、集中した魔力はその力の開放を今か今かと待ちわびるかのように光を強めていく。


「……終わりだよ、この爬虫類の成れの果てがっ! 最後まで卑怯なお前には、この一撃で跡形もなく消えてもらうっ!」


「ほざけっ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ヒュドラの口部から超高温の熱線が放射され、アラタ目がけて直進する。もし、これを回避すれば、彼の後方に存在する攻撃範囲内の生物は例外なく息絶えるだろう。

 それを承知していた魔王は、自らの最大の技でこれを迎撃する手段に出たのである。

 今、アラタの手にある白光の剣は、彼の最大の魔力と殺意を持って解放される。


斬光ざんこう! 白牙びゃくがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」


 アラタの叫びと共に放たれた白き極光の斬撃は、巨大な光の刃となり、その身に迫っていた熱線に衝突した。

 その力の差は歴然であった。巨大な白き光刃は、赤き炎の波動をたやすく両断し、その元凶目がけて真っすぐに向かって行く。

 そして、巨大な蛇の魔物の巨躯を真っ二つに切り裂くと同時に、その破壊の力がマナを繋ぐ因子を急速に壊していき、身体を形成していたマナを瞬時に開放していく。

 

「マナに……かえれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「ガッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! コンナ、バカナァァァァァァァ!! ワレガ、コン……ナ……トコ……ロ……デェ…………」


 巨大な白光の斬撃により、三首の蛇の魔物は跡形もなく消滅していく。

 その攻撃範囲に存在していたものは、全てがマナへと戻り世界を覆うユグドラシルの枝へと還って行くのであった。

 ヒュドラが先程までいた大地には、その身を滅ぼした巨大な斬撃の爪痕が残っているのみである。


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