第77話 風の記憶――魔王無双⑦
ヒュドラの攻撃を無力化しながらアラタは考えていた。
(何だ? この程度の攻撃で俺を倒せると思っているのか? いや……違う。奴は俺の戦いを観察していた。こんなミスはしないはず。なら、この攻撃に何の意味がある? しいて言うなら、振動で少し動きにくい事かな……! そうか!!)
敵の次の手の見当が付き、アラタは咄嗟にその場から緊急離脱する。その直後、ヒュドラのもう一つの頭から吐き出された液が、一瞬前までアラタが居た場所に噴射されていた。
液がかけられた地面は、ジュウウと音を立てて溶けていた。ヒュドラは、その口部から溶解液を放っていたのだ。
「やっぱり、もう一方の首で攻撃してきたか。危なっ!」
「何を遊んでいる! 調子に乗っているとやられるぞ!」
危機感が足りないと感じたのか、グランソラスはアラタに怒鳴り散らす。辟易した表情を見せるアラタであったが、その赤い瞳は一層輝きを増していた。
(やれやれ、やっとやる気になったようだな)
ヒュドラは、自らの攻撃が回避された事に不機嫌であったが、ここにきて攻撃対象が一筋縄ではいかない相手であると再認識し、守りを固め始めていた。
(この人間、攻撃はともかく勘の良さと逃げ足の速さは厄介だな……念のため、いつでもあれを使えるようにしておこうか……)
ヒュドラがさらに防御を固める中、アラタは全身の魔力を高め勢いよく突っ込んでいく。
接近する敵に対し、二首からそれぞれ、振動波と溶解液を放つが、アラタは高速移動と瞬影の連続使用により、回避をしながら一気に間合いを詰めていく。
「ちぃっ! コヤツ、やはり素早い! だが、我には貴様の刃は届かんぞ!」
ヒュドラの嘲笑が周囲に響く。その光景に息を呑む魔王軍の若者達は、魔王の次の手に注目していた。
一方、当の本人は敵の目を真っすぐに見据え、その表情に恐怖の色は見えない。
「俺の刃が届くか届かないか……試してみるか? 蛇野郎!」
そう言うと、アラタは溶解液を出す側に狙いを絞り、一気に接近しグランソラスの切っ先をヒュドラの首に突き立てる。
「バカが! そんな、なまくらで我を傷つけることは不可能だと言ったはずだ!」
「そうかい? じゃあ、この状況をどうやって説明するんだ?」
ヒュドラが自身の首を注視すると、先程自慢の皮膚ではじき返したグランソラスが深々と刺さっているのが見て取れた。
「なっ……なんだと!?」
「さっきは悪かったな。中途半端な攻撃をして……これが正真正銘、俺の魔力と殺意を込めた本当の斬撃だ。最初のやつは、様子見で大して魔力は込めてなかったんだよ」
「きっ貴様―――――!!」
ヒュドラが怒りの咆哮を上げると同時にアラタは、剣を突き刺したまま頭部を目指して移動を開始する。
エアリアルによる飛行にプラスして足底部に魔力を集中し、虚空を一気に駆け上がる。
間もなくアラタは頭部に到達し、勢いを緩めることなく、そのまま一気に両断した。
「キシャァァァァァァァァァァァァァッ!!」
大きな奇声を発しながら、真っ二つに切られた首から大量の体液が噴き出す。その中には、溶解液も含まれており、噴き出したそれは機能を失った自身の身体を容赦なく溶かすのであった。
「グオォォォォォォォォ! おのれえぇぇぇぇぇぇ!」
「自業自得だよ。恨むんなら、自分を恨むんだな」
空高く舞い上がったアラタは、空中からヒュドラを見下ろしながら吐き捨てるように言った。
その態度に、更に怒りを増した蛇の魔物は滅茶苦茶に振動波を放つが、そのような攻撃に当たるアラタではなく、勢いよく下降し怒り狂った頭蓋にグランソラスを突き立てる。
「がっ! はぁ!」
「それとな、お前の首は柔らかいけど頭は立派な骨があるから、割としっかり刺さるんだよ!」
そう言いながら、グランソラスに大量の魔力を流し込むと、ヒュドラの頭部から首の付け根にかけて白い光が走り、程なくしてその範囲は爆発して吹き飛ぶのであった。
爆発前に頭部から離れたアラタは、そのままヒュドラの巨大な胴体に降りていた。
「すっ、凄い……あんな巨大な魔物を一方的に、しかも一気に倒すなんて……」
「ええ……拙者感嘆しました。まさか、魔王殿がこれほどの実力を身に着けているとは……」
アンジェとドラグの口からは、自然と驚嘆の意がこぼれていた。
他の者は何も言わなかったが、それは2人と同意であり、言葉を重ねる必要はないと思っていたからであった。
他にも魔王の成長に対する表現はあったかもしれないが、そんな美辞麗句を並べるよりも、今はただその雄雄しい姿を目に焼き付けようとしていたのかもしれない。
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