第75話 風の記憶――魔王無双⑤
この現状にさらに驚いているのはシルフであった。戦いの中で見せるアラタの力は常に彼女の予想を超えていた。
「何よ、あれ……。あれじゃまるで……グランと同じじゃないの」
シルフの中でアラタの姿が神魔戦争時代の魔王と重なっていた。同時に彼女の決意が鈍り始めていた。
もしかしたら、彼なら……新たなる魔王ならば、
だが、確信がある訳ではない。それを実現するにはグランを越える何かを見せてもらわなければ――。
ズシンと大きな地響きが伝わる中、その元凶が遂に行動を開始した。
その動きは割とゆったりしているが、エンザウラーを凌駕する巨大な体躯は、以前死闘を繰り広げたベヒーモスに匹敵する。
そのため、少し動きを見せるだけで、圧倒的な存在感を対峙する者に与えるのだった。
だが、それでも魔王は冷静だった。表情に焦りはなく、かといって相手を軽んじるような嘲笑を見せることもない。
ただ、その魔力を帯びた
「キシャァァァァァァァァッ!!」
蛇特有の威嚇時の奇声が周囲に響き渡る。不快感や恐怖といった感情を、人が理性で取り繕った仮面の下から無理やり引っ張り出すような声だ。
「うるさい奴だなー。第一何でそんな蛇みたいな声を出すんだよ。…………人の言葉を話す事が出来るんだろ? お前は」
聞き間違えかと思うような意味不明な事を口走る魔王に全員が注目する中、信じられない現象が目の前で起きる。
「――なぜ我が人語を操ると分かった? 人間」
「魔物が……喋った……だと?」
アラタの強さに驚いた後は、人語を語る魔物の存在に驚愕する魔王軍であった。
「以前立ち寄った町で、上級の魔物は知能も高いから人の言葉を理解し喋る奴もいるって話を聞いただけさ。お前は、さっき俺が倒した魔物達とは明らかにレベルが違う。……それに、俺の戦い方を観察していたみたいだしな。そんな頭のいい奴だから、人語を理解するだけじゃなく話せると思ったんだよ」
「……それで? 会話をしてどうするつもりだ? 我にこのまま退けとでもいうつもりか? ……ならば生贄でも捧げるんだな」
双頭の蛇の魔物が提示した撤退条件を聞くと、周囲からどよめきが起きる。
その内容のほとんどは魔物に対する
だがここには今、その『常識』が通用しない存在が立ち塞がっているのだった。
「……はぁ? 寝言は寝て言えよ! なんでお前なんかの為に、わざわざ犠牲者を出さなきゃいけないんだ? 馬鹿かお前? 俺が言いたいのは、死にたくなければとっとと山奥にでも帰って二度とそのツラを人の前に出すなって事だ」
あっけらかんとした表情から繰り出される最大級の挑発発言に、魔王軍を含む周囲の人間は皆驚き、当の魔物本人は目が血走っていた。
それを見た者達は、この魔物がどれだけ怒り心頭なのかが理解できた。
「……どうやら、余程死にたいらしいな! ……ならば、希望通りに……死ねぇぇぇぇぇ!!」
長い首を鞭のようにしならせ、叩き付けてくる。アラタは、それをぎりぎりまで引き付けて回避していた。
時にはジャンプで、時にはスライディングで器用に回避する。
変則的な自らの攻撃を余裕で回避する魔王に、ますます苛立ちを募らせる蛇の魔物であったが、どことなく余裕を感じさせている。
「くっ! おのれっ! ちょこまかとすばしっこい!」
「悪いな! 昔から逃げ足には定評があるんだよ!」
回避と同時に首に一太刀浴びせるが、その表面は粘性のある体液でぬめり、皮膚はゴムのようにしなやかで斬撃を受け流してしまう。
「なっ!? 気持ちわるっ!」
一瞬バランスを崩したところに、魔物の首が叩き付けられるが、ぶつかる直前で〝瞬影〟で後方へ回避し難を逃れていた。
「ふぅー、今のは、ちと危なかったな」
アラタは、額の汗を手で拭い、先程の蛇の魔物の感触を思い出し辟易していた。
「ったく! 厄介な奴だな……うわっ! 変なネトネトが付いてるし」
蛇の魔物に切り込んだグランソラスの刀身には、粘液が付着しており、ネトッとした液体が、地面へ垂れていた。
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