第74話 風の記憶――魔王無双④

 そうこうしているうちに、エンザウラーは火球を発射した。

 感情を表出しないはずの顔は、どこか笑っている様にも見える。

 接近戦では勝ち目がないと考え、距離を取り負傷者を人質にする形で火球を放ったのだろう――この黒衣の魔闘士は、この攻撃を絶対に躱さないと考えて。

 魔王軍の皆が見守る中、火球はアラタに急接近していた。予想通りに、彼は逃げようとする素振りを見せない。

 自分の身体を盾にして受け止める気なのだろう。

 アラタは、左手を前方にかざして魔力を高め始めていた。一瞬で白色の光が左前腕を覆う。さっきの蹴りの時と同じだと皆が思った次の瞬間。


「おおおおおお! 白零びゃくれいかいなぁぁぁぁぁ!」


 前腕にまとった白い光が、一層強い光を放つ。直後、直撃コースの火球を、その左手で受け止めるのであった。


「なっ! 素手で受け止めたぁーーーー!?」


 受け止めるにしても、剣を使用すると思っていた見物人達は、彼の無謀とも言える行動に仰天してしまう。

 これでは、いくらローブを纏っていても火球の熱により、彼の身体は焼き尽くされてしまうであろう。

 普通なら、そんな結末が推測できるのだが、今戦っているのは如何いかんせん常識が通用しない存在であった。

 そして、今や非常識な力を見せる魔王は、皆の期待に応えるように、その力の一端を見せつける。

 彼に直撃した火球が見る見る縮小していったのだ。それはまるで水風船の中の水が抜けていくかのようであった。

 急激に小さくなっていったそれは、アラタの掌に収まるサイズにまでになり、最後は握りつぶされて消滅した。


「火球を……ディスペルしたのか?」


「いや、術式を解呪したんじゃない! そうであれば、火球が小さくなっていくような現象は起きない。最初の状態のまま、一気に消滅するはずだ。だが、それだって実行するのは難しい」


「それじゃ、自分の魔力で力ずくで抑えつけたってこと? ……すごい!」


 ドラグ、セス、トリーシャが談議する中、バルザスは1人感慨にふけっていた。


(グラン様と同じ力だ。このソルシエルに存在するものは全てマナによって構成されている。そのマナ同士の結合を破壊し対象を消滅させる純粋破壊の魔力—―それが魔王様にも受け継がれている。……まるで夢を見ているようだ)


「なかなかずる賢いやり方をしてくれたが、相手が悪かったな。その程度じゃ、俺は倒せないよ」


 アラタは、歩きながら少しずつエンザウラーとの距離を詰めていく。近づく恐怖の対象に恐れをなした古代の魔物は大地を蹴って空高く舞い上がる。

 魔王は、空に舞う敵を静かに睨み付けるのだった。


「まぁ、そう来るだろうな。お前に出来るのは火を吐くか、ジャンプしてからの落下攻撃ぐらいだもんな」


 アラタの声が聞こえたのか、エンザウラーは一際大きな咆哮を上げて落下し始めた。


ろくな魔力操作も出来ず、空中で移動できないのに跳ぶなんてアホだな」


 そう言うと、アラタはグランソラスに魔力を集中する。刀身に集中した魔力が溢れ出さんばかりに光を放ち始める。


「なっ!? 凄い魔力だ! 魔王様は一体何をする気なんだ?」


 セスの疑問に答えるかのようにアラタは、その技を放つのだった。


「これで消えろっ! 白牙びゃくがあああーーー!!」


 グランソラスから放たれた斬撃波は、まるで三日月の様な形を成しエンザウラーに向かって行く。

 それは、ファングウルフ達を蹂躙した単なる斬撃とは異なり、アラタの破壊の魔力が十分に込められた白い三日月であった。

 空中に飛んだことで一切の回避行動が取れないエンザウラーは、甘んじてその斬撃波を受ける以外に選択肢はない。

 白い三日月は、空中から迫る巨大な魔物に直撃すると、その身体を切り裂き、破壊し、消滅させていく。

 エンザウラーは、まともに声を上げることも敵わず、跡形もなく一瞬で葬られ、その身体を構成していたマナがその身を繋ぐ因子から解放され、大気中に消えていった。


「すっ凄い! ……エンザウラーをたった一撃で跡形もなく!」


 さすがのアンジェも、普段のポーカーフェイスは既に崩れ驚嘆している。隣のトリーシャと一緒に魔王の見せる無双劇に目を奪われていた。

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