第73話 風の記憶――魔王無双③

 魔物の群れの第一陣が全滅すると、次に襲い掛かってきたのは2体のオーガとエンザウラーであった。

 このエンザウラーは、聖山アポロで遭遇した個体と比較すると一回り身体が大きく、身体のいたるところに傷跡があることから相当の猛者であることが推測できる。


「ファングウルフにカイザーウルフ……そして次にはエンザウラーか……ソルシエルに来て間もない頃を思い出すなぁ」


 風の記憶のアラタは、感慨深いといった表情をしていたが2体同時に接近するオーガを確認すると、すぐに思考を戦闘モードへと戻す。

 筋骨隆々の身体によって、力任せに振るわれる巨大な得物の破壊力は凄まじく、まともに喰らえば無事では済まない。もう一方の、斧による一振りも同様だ。 

 だが、既にこの魔王はオーガのナタによる渾身の一撃を素手で受け止め、そのまま武器を破壊するという離れ業を行っていた。

 それ故、生き残りのオーガ達は慎重に距離を縮めてくるのだった。


「悪いけど、こっちはちんたらやるつもりはないんでね! 一気に決めさせてもらうぞ!」


 アラタは空高く飛翔すると、狙いを一体のオーガに絞り、右足に魔力を集中し始めた。

 下腿を白い光が覆い攻撃の準備が整うとエアリアルで一気に加速し、目標目がけて突撃していく。

 アラタは、魔力を集中させた右足を敵に向かって突き出しながら、真っすぐに飛び込んでいく。


「これでもくらえーーー! 白零びゃくれい蹴斗しゅうとぉぉぉぉぉぉ!!」


 国民的某仮面ヒーローの如く、強烈なキックを敵に叩き込む。

 巨大な弾丸と化した、その威力は凄まじく、逃げることもままならなかったオーガは、身体の大部分をえぐり取られて死滅した。

 弾丸のような速度が出ていたアラタは、オーガを仕留めた後、地面に足を接触させて制動をかけながら、エアリアルを最大にしてさらに減速する。

 その瞬間を見逃さなかった最後のオーガは自慢の斧で襲い掛かるが、アラタは瞬影を発動し、その場に残像だけを残すのだった。

 残像のみを切り、その手ごたえの無さに驚くオーガではあったが、次の瞬間にはその表情のまま首をはねられ、残った首から下の身体は数回痙攣すると動かなくなった。


「……あと2匹!」


 残すところは、エンザウラーと蛇頭の魔物の2体のみとなった。あれだけの大群が僅か数分でたった1人の魔闘士によってことごとくなぎ倒されていくさまは圧巻だった。

 しかもそれをやってのけているのが、あのアラタなのである。

 つい先日1頭のゾンビビエナと死闘を繰り広げた少年は、圧倒的な強さを持つ戦士へと成長を遂げていた。

 その光景を見て焦りを覚えているのは、他の誰でもないシルフであった。

 元々は、未来のアラタの弱さを見せつけて、魔王軍の戦意を削ぎ解散させるという目的で始まった風の記憶による視聴であった。

 だが、実際には彼女の予想を大きく裏切って、アラタは多大な成長を見せていた。

 今や、魔王軍は未来への絶望どころか希望を魔王に見出している。彼と一緒ならば破壊神に対抗できるかもしれない――と。

 アラタが次の標的をエンザウラーに絞り、距離を詰めようとすると、エンザウラーは後方に大きくバックステップし体勢を立て直す。

 そして、その凶悪な口を開くと、そこに炎が急速に収束され始める。


「!! 火球を使う気か!」


「でも、あのアラタならエンザウラーの火球なんて余裕でかわせるだろ」


 ロックが、特に心配をしていない感じで言うと、それとは逆にドラグの表情は険しかった。


「いや、魔王殿は恐らくあれを避けないだろう」


「えっ! どうして?」


「ここからでは姿を確認できないが、魔王殿の後ろには、怪我をした者達とアンジェとトリーシャがいるはずだ」


「! そうか! ……それじゃ、まずいじゃん!」


 慌てふためきだすロックと辛辣しんらつな表情を見せる他の者達。

 エンザウラーの火球は様々な魔物達の攻撃の中でもトップクラスの威力を誇っている。

 火球の発射を阻止しようにも、今のアラタの距離では近づいている最中で撃たれてしまう。

 もちろん、回避すればアラタは、被害に遭わずに済むが、彼の後方で治療を受けている者達は、まず助からないだろう。八方塞がりの状況だ。


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