第72話 風の記憶――魔王無双②

 機動力に富んだファングウルフがアラタを囲むように展開する。そのすぐ後ろにはカイザーウルフが控えており、アラタが飛んで逃げようものなら迎撃をするという意思表示が明確であった。

 だが、その獲物は逃げる素振りを見せない。無抵抗な敵に、ファングウルフ達はニヤついているようにも見え、あっという間に包囲網が完成する。

 その瞬間、遂にアラタが動き出す。右手を背中に回し、何かを掴み取る仕草を見せる。

 すると、アラタの手の中で白い光が発生し、像を結び型を成す。それは、全身が漆黒で両刃の刀身を有する剣であった。 

 一見飾り気がなく簡素なように見えるが、よく見ると全体的に洗練された外観をしており、つばには赤い光を放つ魔石が組み込まれている。

 漆黒の剣が実体化し、アラタが近くの敵目がけて切り払うと、その一太刀だけで何頭もの魔物が切り飛ばされていく。

 彼を包囲していたはずのファングウルフ達は、自慢の牙や爪で襲い掛かる目前で目標を見失い、気が付いた時には自らが切り捨てられている状態であった。

 俊敏が自慢の魔物の群れに囲まれながら、それらを上回るスピードで切り刻んでいく。

 血しぶきが舞う中、斬撃の速度は徐々に上がっていき、ファングウルフの数が半数以下になると、アラタの姿が魔物の群れの前からかき消えていた。

 獲物が目の前から完全に消えた事で、パニックになる魔物達。

 だが、戦いを遠くから見守る魔王軍のメンバーとシルフは彼の動向を追う事が出来ていた。

 追う事が出来ていたからこそ、その動きが信じられなかった。

 なぜなら、アラタは包囲網から抜け出す際に、〝瞬影〟を連続使用していたからである。

 それも、いくつかは空中で使用していたのだ。瞬影は高速移動術としてポピュラーな技術ではあるが、連続使用が可能なのは上級の魔闘士ぐらいだ。

 さらに空中で使用するともなれば、エアリアルによる姿勢制御も加わるので一気に使用時の難易度が上がるのである。

 それをアラタは連続で、時には一回でかなりの距離を移動しているのだ。

 これを見たトリーシャは、既視感を覚えていた。それが何故なのかしばらく考えていると、つい最近これに似た戦術を目の当たりにしたからであった。


「あっ! あれって、グリフォンがやっていた事に似てる。……空中を走る戦術の応用だわ」


 トリーシャは、自身が体験した戦術であるからこそ、アラタの空を縦横無尽に高速移動する戦い方の恐ろしさを想像できた。

 魔物達にとっては、悪夢を見ているようだろう。

 ファングウルフの包囲網を抜けたアラタは、監視役の2頭のカイザーウルフのうちの1頭に狙いを定め急襲する。

 突然目の前に現れた敵に驚き、身構えるカイザーウルフであったが、その後戦闘になることはなかった。

 そうなる前に、高速移動する魔王が容赦なくその首を切り飛ばしたからである。

 切断された首は、足元でパニックを起こしていたファングウルフの群れに落下し、数頭を下敷きにしてしまう。

 その状態になって、魔物の群れは獲物が既に包囲網の外に脱出し、2頭の主のうちの1頭を殺めた事実に気が付いたのであった。


「さて……と、ウォーミングアップは終了! そろそろ一気にいくか!」


 アラタの、この一言を聞いたアンジェ達はもはや何も言えなかった。

 あまりにもアラタが強くなっていたために、頭の整理が追いついていかないのだ。

 特にバルザスの動揺は周囲から見ても明らかだった。とりわけ、アラタが漆黒の剣を出現させてからは目を見開いて、その戦いを見守っている。


「あれは……間違いない。……グランソラスだ。あの戦いで消失したはずの魔剣が何故? だが、あれが本当にグランソラスなら、もしかして魔装も……」


 バルザスは時々独り言を呟いていた。すぐ近くにいたロックとドラグは、そんなバルザスを本気で心配していた。


「バルザス……大丈夫かな。アラタが予想以上に強くなってた事に衝撃を受けて、さっきから独り言をつぶやいてるぜ」


「むぅ……心配ですな。今まで見たことのない表情をしていますし……」


 アラタは、カイザーウルフを仕留めた後、より一層強い魔力をグランソラスに集中させていく。

 黒い刀身にまばゆい白い光が薄衣のように纏わり、強い輝きを放ちだす。

 半数以下になりながらも、再び包囲網を敷こうとするファングウルフの群れであったが、アラタはそれが完成するのを悠長に待つ気はさらさらなかった。

 敵が離れた所にいるにも関わらず、斬撃を繰り出すのであった。

 通常空振りに終わるはずの一撃は、空を切るだけでなく前方10メートル程離れているファングウルフを真っ二つに切り裂いた。

 綺麗に縦に真っすぐ切られた身体は、ズルリと切断面から滑り分断され地面に崩れ落ちた。

 魔力を纏わせた刀身から放たれた斬撃波が、離れた敵を襲ったのだ。

 これは、それなりに腕の立つ魔闘士にとっては基本的な技術ではあるが、それを高速かつ連続で行うともなれば、同様に再現できる者は限られる。

 アラタは、魔闘士にとって基本的な技術を徹底的に鍛え上げていた。

 そして、この怪物級の基本の先にある魔王独自の応用技術が、これから展開されることになる。



 それからは、さらに一方的な流れとなった。アラタは、同様の斬撃を連続で繰り出し、周辺は身体をバラバラに切り飛ばされたファングウルフの血肉が宙を舞う。

 その光景を目の当たりにした、生き残りのファングウルフ達は恐怖のあまりに逃げようとするが、一方はアラタに切り捨てられ、もう一方は逃亡者を許さないカイザーウルフに噛み殺され粛清された。

 前門の魔王、後門の巨大狼の構図にて、ファングウルフは全滅した。

 それを見届けると、怒り狂ったカイザーウルフが猛スピードでアラタに突っ込み、自慢の爪でアラタを切り裂こうとする。

 だが、アラタはそれを片手で把持した剣で受け止める。その瞬間、アラタの後方に衝撃波が流れるが、当の本人は微動だにしない。

 2階建ての家屋に相当する怪物の、全力の一撃を簡単に受け止めた事で狼の王は本能的に察する――「こいつには勝てない」と。

 だが、プライドの高いカイザーウルフに逃亡の2文字はなく、再び距離を取ると先程よりもさらに加速し突撃してくる。

 狼の王の全身全霊の攻撃であったであろうそれは、グランソラスによる横ぎの一閃によって呆気なく潰された。

 同時にその巨躯は、皮肉にも自らが手をかけたファングウルフと同様に身体を真っ二つにされるという形で終わりを迎えたのである。


「スピードを出せば、その分自分にもそのパワーが跳ね返るんだよ」


 アラタがソルシエルに召喚された日に遭遇したものに類似した魔物の群れは、あれから成長した彼によって特に苦戦する様子もなく全滅させられた。

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