第71話 風の記憶――魔王無双①
嵐が止むと、そこは先程までの風穴内の広間ではなく、外のどこか開けた土地が広がっていた。
状況の変化に皆が驚いていると、彼らの前方に信じられない光景が飛び込んでくる。
そこには、30頭以上のファングウルフ、2頭のカイザーウルフ、1頭のエンザウラー、3体のオーガ、更に奥には2つの頭部を有する巨大な蛇の魔物が座していた。
それは異質な光景であった。種の異なる魔物が徒党を組むように並んでいるのだ。
その数も相まって1つの軍隊を思わせる圧倒的な圧迫感を放っている。
「なんなんだあれは……まさか、魔王様はこれからあんな連中と戦うのか?」
これから、自分の主君の身に起きる惨劇を想像し、セスの表情は青ざめていた。
セスだけではなく、他の魔王軍の者達も同様に暗い面持ちだ。その表情を見て、シルフは罪悪感を感じたが、これでいいのだと自分に言い聞かせる。
シルフ自身も、この先何が起きるのかは知らない。彼女は風の記憶が運んできた、
経験上、そのような場面では当事者が
魔物の大群が押し寄せる中、3体のオーガが先行する形で突っ込んでくる。
その先に何があるのかは、この風の記憶の投影範囲から外れているため確認する事ができなかったが、オーガ達が突撃していった後、その方向から複数の人物の怒号やうめき声が聞こえてくる。
恐らく、あのオーガ達と戦っている人達がいるのだろう。
赤色の肌に2メートルを超える体躯を持つ人型の魔物であるオーガは、まさに鬼を連想させる存在だ。
一般の魔物と異なり、連中は武器を使用する。特に好むのは、斧、こん棒、大型のナタと言ったパワータイプの武器だ。
人並みの知力と残忍さを併せ持った彼らは、戦闘時には連携を取ることで効率よく相手を追い詰めていく厄介な魔物であった。
生半可な魔闘士では、そのパワーに太刀打ちできずに返り討ちに遭うのが関の山だ。
特に、今戦っているオーガはかなりの手練れだ。相当な距離を一気に詰めてきた事から容易に察しが付く。
現にセス達の見えない範囲で、一方的な残虐行為が行われているのだろう。
そんな時だった。一体のオーガが吹き飛ばされ、勢いよく地面を転がっていく。
それに合わせて、攻勢であったはずの残り2体のオーガも後退し、その顔には明らかに驚きと恐怖の色が刻まれていた。
そして、聞き馴染んだ声が彼らの耳に入って来るのであった。
「アンジェは、怪我人の治癒に集中してくれ。トリーシャは、近づいてくる魔物の迎撃を頼む。……俺は、奴らを殲滅する!」
「かしこまりました」
「了解!」
指示に応じるアンジェとトリーシャの声が聞こえては来るが、その姿は投影範囲の外らしく、確認することは出来なかった。
だが、1人の黒衣の魔闘士がその姿を現せるのであった。
その人物は、黒を基調としたロングコートに
身体の必要最低限の部分のみ防御力を高めた機動性重視のローブである。
その黒衣のローブを身に
「あれが……アラタ様……」
現在よりも少し大人びた外観から、シルフの言うように未来の姿であることが窺い知れる。
だが、何よりも現在の彼と異なるのは、その身に纏う雰囲気の違いであった。
敵の大群を前に全く怯んだ様子を見せず、雄雄しい様子から恐らく多くの死線を潜り抜けてきたのだろう。
風の記憶が見せるアラタはまさに魔王の風格を纏っていた。
((どうしよう、なんか凄いかっこよくなってる!!))
アンジェとトリーシャは、その未来のアラタにドキドキしていた。2人とも顔は赤くなり、両手を胸に添えている。
ついでにセスもドキドキしている様子である。
(魔王様……なんか私の理想の魔王像に近い感じになってる! どうしよう!)
ロックとドラグはそれぞれ手を組みながら「人って変われば変わるもんだなー」と感心していた。
そして、シルフによって、この先魔王軍を解体した方がいいのではないかと悩んでいたバルザスは、一言も発することなくローブを纏ったアラタの姿に見入っていた。
その後ろ姿を、かつての魔王グランに重ねていたのだ。
皆がそれぞれ、未来のアラタの変化に驚いていると、最初に吹き飛ばされたオーガが立ち上がり、アラタを睨んでいた。
どうやら、あのオーガをぶっ飛ばしたのはアラタのようだ。オーガの顔は怒りに満ち、「グォォォォォ!」と咆哮を上げると、アラタに向かって突進していく。
一方のアラタは武器を用意するでもなく、ただ突っ立っているだけだ。
それを見てシルフは「見掛け倒しか」と少し残念そうに思ったが、そんな感情はこの風の記憶を見せる趣旨から外れるため首を振って思い直すのであった。
オーガはあっという間にアラタの目の前まで接近すると、得物である巨大なナタを彼の頭頂部目がけて振り下ろす。
もう武器を用意するタイミングなどなくなっていた。そして、ナタが無防備なアラタの頭をかち割ったと思い、目をそらしたアンジェ達がゆっくりとだが再び視線を戻す。
すると、そこには片手でナタの刀身を掴んだいるアラタの姿があった。
オーガがナタを引き抜こうとしてもビクともしない。その状況に、オーガの赤い肌が、みるみる青ざめていくのが分かる。
「悪いな……本来なら戦意を失った敵を追い詰めたくはないんだけど、そうしたら犠牲が増えるからな……だから!」
アラタはそのままナタを割り、粉々に粉砕する。そして、間髪入れず左の掌をオーガに向け、魔力を集中させる。
「
掌から放たれた白い光弾は、オーガの上半身を吹き飛ばし、更に奥にいたファングウルフの群れに飛び込み、数頭の魔物を駆逐していった。
初手の攻撃が終わった際には、オーガの下半身が血液を吹き出しながら、力なく地面に倒れ、その向こう側では先手を打たれ、唸り声を上げる魔物の群れが攻撃態勢に移っていた。
こうして、魔物の大群とアラタとの戦いの
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