第70話 精霊の絶望と魔王の希望

 シルフは真剣な表情で語り始める。


「1000年前の神魔戦争はね、それこそベルゼルファーの一味とそれ以外の者達との総力戦だったのよ。世間的には、同盟軍が勝利した、なんて事になっているけど実際には違う! ……敗北よ。確かにベルゼルファーの完全な復活は阻止できたかもしれない。けど、結局はただ奴をユグドラシルに押し込めただけで、根本的な解決にはなってない。……そして、その代償はあまりにも大きかった。……同盟軍の主戦力だった魔王軍は、魔王グランを始め多くの幹部が犠牲になったわ…………分かる? 当時、入念な準備をして沢山の人の力を結集してもそんな結果だったのよ!それに引き換え、今の戦力は魔力の使えない魔王にたった6人の幹部で構成された魔王軍よ! 勝てるわけないじゃん! そもそも戦いにすらならないわよ! ……だったら、最初から戦わなければいいのよ」


 シルフの悲痛な叫びが洞窟内に木霊する。彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。そこには、先程までの軽い雰囲気を放つコギャルはいなかった。


(確か、神魔戦争では精霊は同盟軍に参加していたはず……実体験に基づいた彼女なりの結論なのか)


 セスは、彼女の言動から自分達には知り得なかった神魔戦争の苦しい結末を感じとっていた。

 そして、この先アラタが魔力を取り戻したとしても、確実に待っているのはシルフの言うような最悪の終幕なのかもしれない。

 ならば彼の事を思えば、4代精霊との契約が終わった際には元の世界に帰り、穏やかな日々を過ごしてもらう事こそ自分達の成すべきことなのではないだろうか? 

 そもそもアラタには、この世界の為に傷つき犠牲になる義務など全くないのだ。

 彼を現在の状況に巻き込んだのは、他ならない自分達なのだ、と。

 今まで常に意識していた、彼への罪悪感が膨れ上がっていく感覚をアラタ以外の皆が感じていた。

 風穴内には風の音のみが木霊し、そこにいる誰もが黙ってしまっていた。

 シルフの言った真実は、それだけ魔王軍の中にあった希望の芽を摘むのに十分な説得力を持っていたからだ。

 もし、次に何かを述べるのなら、その内容は魔王軍の今後の行動指針に大きく触れるものだ。だから、誰も口を開く事ができないでいたのだ。


(この若者達に、この状況で今後どうするべきかを選ばせるのは、あまりにも酷だ。……そもそもこの魔王軍は私が発端となって皆を巻き込んだものだ。ならば、私が今後どうするか決めるのが筋だろう)


 バルザスが口を開こうとした瞬間、それを遮るように風穴内に反響する声があった。


「そんなの、やってみなけりゃ分かんないだろ」


 その声の主は、他の誰でもない魔王その人であった。シルフと同じように、彼の目には一点の曇りもなかった。


「確かに、シルフの言うように神魔戦争の結末は酷いものだったのかもしれない。けど、だからって、勝てない可能性が高いから最初から戦うのを諦めて、それでどうなるんだよ! そうなったら、この世界は滅茶苦茶な事になるんじゃないのか?だったら、俺は、そんなの嫌だよ! 確かに俺は、この世界に来て間もない部外者かもしれない。けど、そんな短い間でも、色んな出会いがあったり約束をしてきたんだ。それは、俺にとって大切なものなんだよ! それを、無抵抗のまま訳の分からない連中に潰されたくない!!」


 今度は魔王の叫びが木霊する。それを聞いた魔王軍の面々は固まってしまった。彼が今言った事を整理すれば、彼は既に……。


「適当な事言わないでくれる? どこの世界に、自分とは関係ない世界の為に死ぬ可能性が高い戦争に行く奴がいるわけ? あんたの言っている事は、偽善でしょ?どうせ、あーしらとの契約が済めば、素知らぬ顔で元の世界に帰るんでしょ?」


「……帰んねぇよ! 俺はもう決めたんだ。……この世界の狂った神もそんな奴を信仰する連中もまとめてぶっ潰すって! もし、地球に帰るのなら、それが全部済んだ後だ! ここまで来て、途中下車する気は毛頭ねーよ!」


 シルフは再びアラタの目を注視する。アラタは、全く視線を逸らすことなく逆に風の精霊にその眼差しを向けるのであった。


(何よ……こいつ、本気なの? ……本気でベルゼルファーとやり合う気なの?)


 シルフは困惑していた。神魔戦争の事の成り行きを説明すれば、この世界の部外者たる魔王が一番臆するに違いないと踏んでいたから。けれど実際には、彼は戦う意思に満ち溢れていたのだ。

 そして、この魔力の使えない頼りない少年に、なぜか期待してしまいそうになる自分がいる事に、シルフは今気付いてしまう。

 だからこそ、確かめねばならない。この少年の可能性を。

 そして、願わくば、彼らがその内容に絶望し、戦う意思を収めてくれれば、あの時の悲痛な思いを再び味合わずに済むのだ。……かつて自分と契約していた魔王軍の、あの青年が死んだ時の苦しみを。


「……分かったわ。そこまでいうのなら、あんたの可能性を見せてもらう。この風の記憶で、無数にあるあんたの未来の一部をこれからここに投影する」


「え? 未来の俺を見ることが出来るの? 凄い! 見たい!」


 突然自分の未来を見ることが出来る事に、目を輝かせるアラタではあったが、そこに非常な一言が添えられる。


「あ、言い忘れていたけど、風の記憶の使用には当人の身体が依代よりしろとして必要なの。……つまり、魔王、あんただけは自分の未来を見れないの。残念でした」


「ええ~! そんな、うっそー。だって、そんな……うっそー!」


 とても残念そうな表情と悲しそうな声を残し、アラタは突然風にさらわれて意識を失ってしまった。

 そして、そのまま風に抱かれながら空中を浮遊するのであった。


「魔王殿!」


「アラタ! 今助けるぞ!」


 不意に訪れた風の反乱に、戦闘態勢を強め、風にさらわれた魔王奪還に乗り出そうとするドラグとロックにシルフが冷静な声で状況を説く。


「大丈夫。魔王には今は眠ってもらって、彼の未来の風の記憶を呼び寄せてるの。怪我とかはないから問題ないわよ。……それに、あんた達も興味あるでしょ? あの無力な魔王が未来で何が出来るのか」


 それを聞くと、魔王軍の皆は各々顔を見合わせた後、行儀よく一列に並んで、その時を待つのであった。早く、見れないかとそわそわしている様子すら見て取れる。


(こいつら、意外と現金ね……)


 次第に、だが確実にこの空間内の風が異質なものに変化していく。そして、嵐のような突風が彼らを包み込んでいくのであった。

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