第69話 シルフの起床は普段は遅い

 2人と合流した後、魔王軍は広場にて野営をすることにし、現在リラックスムード真っ只中であった。

 4人の男達は、気を利かせて少し離れた所からアラタ達を暖かく見守っていた。面白半分なのは否めないが。

 トリーシャが寝入った後、バルザスは先程回収した紫色の魔石と広間の反対側にて息絶えているグリフォンを交互に見ていた。

 この魔石は、グリフォンから回収したものであり、核となる魔石を失った魔物は緩やかにマナの解離現象が起きていた。

 身体の表面がぼんやりと光り、少しずつ大気へと溶けていく。朝方には、その身体は全てユグドラシルの枝へと回収され消失しているだろう。

 グリフォンとの戦いについては、トリーシャから説明を受けていた。この広間の損傷具合からも、かなりの激闘であったことが分かる。

 特に目につくのは壁に大きく残された陥没した場所だ。巨大な穴がある場所から真っすぐ上方に削られたような痕があり、それはぽっかりと穴の開いた天井へと続いている。

 グリフォンに止めを刺したアラタとトリーシャの連携攻撃の痕であるが、この時アラタが、〝白零〟という白い光弾の魔術を使用したという話を聞き、皆が驚いていた。

 今まで、〝瞬影〟を使ったり魔力を開放しそうになるなど、感情のたかぶりにより瞬間的に魔力が使用できることはあった。

 だが、今回は明確に攻撃用の魔術を使用していた。それも意図的に魔力をコントロールしていたというではないか。


「魔王様は、自分の力のみで魔力を開放させつつある。……だが、それは鍵の掛けられた扉を力づくで開けようとする行為に等しい。もし、より大きな力を長時間開放し続けようとしたら、それこそ身体にどのような反動が出るか分からん。我々は、魔王様が魔力を開放する必要がないように、これまで以上に気を引き締めていかねばならない」


 バルザス同様に、事態を重く見た魔王軍の面々は深刻な表情で頷くのであった。

 各々、心機一転の誓いを胸に秘め、夜は過ぎていく。



 朝食を済ませた後、魔王軍は野営に使用した器具をインベントリバッグに収納し広間の奥への通路に向かって移動を始めていた。

 アラタが朝起きた時に、グリフォンの遺体を確認しようとした時には、その骸は既に消失していた。

 そのため、最後にグリフォンがいた所は、ただ巨大なクレーターが残っているのみである。

 ギルド協会製の地図によれば、シルフをまつっているほこらまでは、この通路を真っすぐに進むのみであった。

 この後は契約を済ませて、先程の広間の天井に出来た穴から脱出し、次の町に行けばよい。

 とは言っても、途中に魔物が出現する可能性はゼロではないので、ここは気を引き締めていく。何事も最後が肝心なのだ。

 だが、そうこうしているうちに魔王軍は、バルゴ風穴の最奥にある祠に到着した。

 グリフォンとの死闘を除けば、魔物には全く遭遇しない珍しい場所であったと言えよう。


「……さて、到着したのはいいものの、肝心のシルフは何処にいるんだ? ……まだ、朝だから寝てんのかな?」


「今頃メイクに忙しいんじゃないの? 女にとって化粧は武装だと叔母さんから聞いたことがあるしな」


「あっ、それ俺の姉さん達も言ってたわー。何かのパーティーに行く前は特に念入りだった」


「貴族は大変だねー」


 ロックとアラタが世間話をしていると、そのすぐ近くで突如小さな竜巻が発生する。

 そこから、現れたのは風の精霊シルフであった。だが、バルゴ風穴の入り口で会った時とはどこか雰囲気が違っている。


「「あっ! まつ毛の長さが違う! それに髪も巻髪のウェーブ感が緩い!」」


 先日のシルフとの差異を指摘する2人の男に、周囲は「余計な事を言うな」と促すが時すでに遅し。


「うっさいわね! つけま切らしちゃってたし、髪をしっかり巻いてくる時間がなかったのよ! まだ朝7時ぐらいよ! 来るのが早すぎるのよ、あんたら!」


 どうやら本当に朝のメイクで忙しかったらしい。不完全な状態で顕現したシルフは、その部分を看破されたことも相まって大変不機嫌であった。


「私は、今のナチュラルメイクに近い方があなたに合っていると思いますよ」


 アンジェがそれとなくフォローを入れるが、シルフの怒りは収まらない。朝早くに来られて、安眠を妨げられた事も怒りの原因の1つであった。


 それから数分が経過し、シルフの怒りはある程度収まっていた。その状態を見計らって、アラタは契約の件を切り出す。


「シルフ、約束通りに俺との契約を頼む」


 アラタを横目で見ながら、シルフは渋々と言った様子で口を開くのであった。


「……まぁ、約束だしー? 契約はしてあげるわよ。でもね、その前にあんた達に見てもらいたいものがあるの」


「見てもらいたいもの?」


 そう言うと、シルフは祠の左側に続く通路をゆっくり飛んでいき、その後を魔王軍が続いて歩く。


「この先には、ちょっとした広間があってね。そこには、ソルシエルの過去・現在・未来の風の記憶が集まるのよ」


「風の記憶?」


 道すがら、シルフがこの先にあるものの説明を始める。アラタ達は、それを黙って聞いていた。


「といっても、未来に関しては確定した内容じゃない。未来のソルシエルで起こりうる、あらゆる可能性の事象を見る事ができるのよ」


 シルフの説明に魔王軍の大半の者はチンプンカンプンであったが、そこにセスが確認ついでに補足する。


「つまり、パラレルワールドの事ですか? ……つまり魔王様の事であれば、元の世界に帰る未来もあれば、破壊神を叩きのめす未来もある……と」


 それを聞き「ああ、成程」と理解を示す一同。アラタにとっては異世界に並行世界の要素が組み合わさって、頭の中で整理するのが面倒となっていた。


「概ねそんなとこよ。但し、当然起こる可能性がない未来は存在しない……だから、あーしは、そこの魔王がベルゼルファーを倒せる未来なんて存在しないと思ってる」


 シルフの目は真剣だった。そこには、ごまかしも怒りの感情も存在しなかった。

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