第68話 揺るぎなきメイド
そんな彼らの視界にまず入ってきたのは、広間にて身体を密着させる男女の姿であった。
「ああっ! 申し訳ない! 我々は部屋を出ていくので、続きをどうぞ」
変な誤解をした初老の紳士は、皆を押しながら元来た道を戻っていき、広間にはキョトンとした表情の男女が取り残されていた。
だが、それから数秒後には、凄い勢いで広間に戻って来る魔王軍の面々なのであった。
「ちょっ! 魔王様、トリーシャ! 2人とも一体こんなとこで何やってるんですか?」
まず
「我々がどれだけ心配したと思っているんですか? 2人が無事か分からず、ずっと心配していたんですよ! ……なのに、あなた方ときたら! 2人きりなのをいいことに、こんなところで……呆れてものが言えません!」
口早に自身の怒りを発露する眉目秀麗の青年の表情は、普段の落ち着いた雰囲気から一転して顔は真っ赤に染まり、般若の面のようになっていた。
「「すみませんでしたー!」」
セスの怒りに圧倒され、息の合った土下座をするアラタとトリーシャ。
それは、一見すると夫婦漫才のようであり、それを見たロック、ドラグ、バルザスはセスの視界に入らないように、背を向けて笑っていた。
そのように魔王軍内で、各々の感情が相反する中で、アンジェは――無表情であった。
その感情が読み取れない表情のまま、沈黙を守りアンジェはアラタ達にゆっくり近づいていく。それを見た、アラタと女性陣2人を除く面々は思っていた。
((((これが……修羅場というやつか!))))
現在、正座の姿勢になっている2人を、無表情のまま見下ろす、切れ長の目の美人メイド。
そのまま言葉を発しない彼女に視線が集まる中、皆の心中は穏やかではなかった。
((((どうなる? 怒るのか? 泣くのか? それとも全く気にしないのか? さあ、どれだ?))))
当事者以外の4人は、自分に関係ないからと気楽な表情で、事の顛末を予想する。
「怒るに1000カスト」やら「まさかの泣くに3000カスト」といった声が聞こえ実に楽しそうだ。
そんな彼らの様子を正座のまま横目で恨む、修羅場の渦中の男アラタ17歳。
(くっそ~! あいつら他人事だと思ってー…………でも、まさか自分の人生にこんな修羅場イベントが起こるなんて思いもしなかった)
まさかの恋愛系イベント発生に、恐怖の中にちょっとした喜びを感じる恋愛未経験者であった。
一方、トリーシャは真っすぐアンジェに視線を合わせており、堂々としていた。
そんな2人をしばらく見降ろしていたアンジェの表情に変化が現れた。それは悲しそうでもあり、悔しそうでもあり、怒っているようでもあった。
安全な場所から恋愛トトカルチョをしていた4人は、アンジェの感情が読み取れず迷っている様子だ。そして、アンジェがその沈黙を破るのであった。
「……あなた方に今の私の気持ちが分かりますか? 分からないでしょう? 2人が互いの仲を深めるべく身体をむさぼり合っている中、それに取り残された私の気持ちが! ……私もそのイベントに……混ざりたかった……」
非常に悔しそうな表情を見せるアンジェのまさかの発言に今度は魔王軍全員が沈黙していた。
(……うちの変態メイドは、どのような状況でもぶれないらしい……)
アンジェの揺るぎない姿勢にある種の尊敬を抱く面々ではあったが、内容が内容なだけに純粋に彼女を褒めることが出来ない複雑な心境であった。
そして、不動な志の彼女の前に、男達の賭博は皆はずれに終わり、怒っていたセスの怒りの感情もいつの間にかメイドによって全て持って行かれたのであった。
その後アラタは、皆とはぐれた後の事を説明していた。
「それでは何もなかったのですか? 一夜を2人だけで過ごしたのに、何も!?」
驚愕の表情を見せる変態メイドに対し、不服な表情で反論するチキン魔王であったが、思い返すとチャンスは何度もあったはずなのに、踏みとどまってしまった自分を思い出し、何も言えなかった。
「まぁ、アラタ様が奥手なのは分かるとしても、トリーシャはよく耐えられましたね?」
「? それってどういうこと? トリーシャがどうかしたの?」
アンジェのどこかひっかかる言い回しに反応するアラタであったが、トリーシャが分かり易いほどに動揺を見せ始めていた。
「トリーシャ、どのみちアラタ様には知っていただく必要があるのですから。あなたが一番辛いのだから……それにアラタ様なら大丈夫です」
「……うん、わかったわ」
トリーシャから了解を得ると、当人が話しづらいのを察してかアンジェが代わりに語り始める。
「アラタ様、トリーシャの種族たるルナールは相性の良い相手を臭いで判別するのです。そして、彼女にとって、それがアラタ様であったのです。ここまでは、ご理解いただけましたか?」
「臭い? 俺の?」
アラタは、即座に自身の身体の臭いをかぎ始めるが、自身ではよく分からなかった。
ただ、一晩風呂に入っていないので、もしかしたら臭いかもしれないという考えが頭をよぎる。
「そういう臭いとはまた違うらしいです。言うなれば、フェロモンのようなものみたいですよ」
「フェロモン? そんなものが俺から出てるのか? よく分かんないなぁ」
再び、自分の臭いをかぐものの、やはり分からない。どうやら、鼻の利くルナールでなければ分からないようだ。
「マスターの臭いは、陽だまりのようにフワフワした感じでぇ、それでいてほのかに甘い感じでぇ、超私好みなのぉ」
アラタの臭いがどのような感じなのか、臭いを嗅ぎながらトリーシャが説明しだすが、段々と表情が緩み酔っぱらったようになってしまう。
さらにはその身体をアラタに接触させてくる有様だ。
「なっ! 一体どうしたんだ? 大丈夫か、トリーシャ?」
「らいじょうぶらよー。わらひ、れいへいよ」
「…………駄目じゃん」
完全に普段の凛々しさが崩壊したトリーシャは、
「あ……寝ちゃった。まいったな、こりゃ」
「完全に信用しきってるみたいですね。本来ならルナールは相性の良い相手に対し、発情めいた行動を取るのですが、トリーシャはそれを越えて無防備な自分をさらけ出している……相当好かれているようですよ、アラタ様」
「……そうかい」
〝発情〟という単語が気になるアラタではあったが、穏やかな表情で眠っているトリーシャの顔を見て、こういうのも悪くないなと思うのであった。
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