第67話 続・危ない2人
トリーシャの切腹劇場は未遂に終わったが、依然納得の行かない様子を見せる彼女に「自分の言い方が悪かった」と謝る魔王。
「ごめんよ、トリーシャ。俺は別にお前を責めたかったんじゃない……ただ、これをしたかったんだ」
そう言いながら、アラタは自分の右手を挙げ、トリーシャにも同じ動作をするように促す。
おずおずと、トリーシャが右手を挙げると、アラタは彼女の手にハイタッチをするのだった。
パァンと小気味よい音が広間に響きわたる。
掌への少しジンワリとした痛みに満足した笑みを浮かべて、ヘロヘロになっていた少年は仰向けに倒れた。
それに驚いたトリーシャが「大丈夫?」と心配そうな表情で駆け寄るが、意識ははっきりしていた。
「大丈夫だよ。魔力を使ったから、反動が出ただけだ。少し休めば落ち着くよ」
命に別状がないことが分かり安堵すると、その傍らにトリーシャは腰を下ろしていた。
彼女も最後の攻撃に全魔力を投入したため、立っている事もおぼつかない状態であった。
疲労のためか、近くにいながらも会話をすることなく束の間の休息に身をゆだねる2人。目を閉じていたアラタはいつの間にか眠りに落ちていた。
アラタが目を覚ますと抜けた天井の先に夕闇に染まりつつある空が見える。グリフォンとの死闘が終わったのは午前中であったので、結構寝入ってしまったようだ。
アラタはまどろんだ思考を徐々に覚醒させていく中で、身体の上に何かが乗っていることに気が付く。
(何だ? 何が乗っているんだ? そう言えば身体が動かない。金縛り? ……もしかして霊的なヤツですか!?)
人生初の幽霊との対面に、好奇心と恐怖が入り混じった気持ちでゆっくりとそれを視界に入れる。
するとそこには、金色の髪に金毛の耳の幽霊がすぅすぅと寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。
激闘の後であるため、顔は所々汚れていたが、夕焼けを反射する金毛の神秘性も手伝ってか、その寝顔は純粋に美しく、つい見入ってしまう。
「……くしゅん!」
急にくしゃみをするトリーシャに驚いたアラタは、反射で身体を大きく動かしてしまう。それにより、彼女も目を覚ます事となったのであった。
「ふぇ……?」
寝ぼけ眼を擦りながら、意識はまだ半分夢の中といった感じで、口の端からは唾液が垂れている。
「トリーシャ、よだれ垂れてるよ」
「へ…………? はぁっ!」
急にスイッチが入り、アラタの上で寝ていたことに驚きながら口元を拭うが、その顔は羞恥のあまり急速にリンゴのように赤くなっていく。
「ごごごご、ごめんなさい、マスター」
「大丈夫だよ、トリーシャ。元気みたいで良かったよ……そう言えば怪我は大丈夫?」
彼女が思い切り萎縮する中、彼女の安否を確認する。
戦闘終了直後は疲労や切腹未遂事件といった出来事によってゴタゴタしていて失念していたが、トリーシャは左腕に結構なダメージを受けていたはずであった。
「大丈夫よ。マスターが寝た後、ポーションを飲んだから。傷はもう塞がっているわ」
アラタは、左腕を見せながら笑顔を見せるトリーシャに安堵していた。同時に、魔道具の優秀さに改めて感心するのであった。
ポーションは消費型の魔道具であり、ヒールと同様に怪我の治癒を行う。魔道具屋で比較的安価に購入できるので、旅のお供として大変人気のある品だ。
「マスター……そんなにマジマジと見られると、少し恥ずかしいんだけど」
再び顔が赤くなるトリーシャを見て、どうやら彼女を注視しすぎていた事に気が付く。
再び2人の間に微妙な雰囲気と沈黙が広がる中、今度はトリーシャがアラタの顔をジッと覗き込んでいる事に気が付く。
「どうしたの?」
「――あの時のマスター、凄かったなって思ったの。白い光を放ってたよね?」
その言葉に、アラタは自らの掌を眺めた。あの時は無我夢中であったため、あまり意識していなかったが、自分は確かに魔術を発動することが出来たのである。
「もし、あの時マスターが助けてくれていなかったら、やられていたかもしれない……だから、ありがとうございました」
輝煌石の光が金色の髪に反射し、神秘的な雰囲気を放ちながら屈託のない笑顔を向けるトリーシャにアラタの胸が熱くなっていく。
互いに向ける視線は熱を帯び、自然に2人の距離が近くなっていく。
そして、身体が触れ合いそうになるタイミングで――突如、凄まじい轟音と爆発が発生するのであった。
その音に驚いた2人は、思わず抱き合ってしまうが、それは先程までの甘いムードの延長ではなくなっていた。
爆発の起きた場所――
「げほっげほっ……どうやら広い場所に出たみたいだな」
2人の耳に聞きなれた声が入って来る。それは、風穴内ではぐれて1日以上が経過した、魔王軍の引率役のバルザスのものであった。
さらに、彼に続いて他のメンバーも砂煙に苦戦しながら、広間に姿を現したのである。
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