第66話 風の巨鳥⑤

 トリーシャは体力・魔力共に消耗し怪我も負いボロボロであったが、その細い身体に今までにない力がみなぎるのを感じていた。

 グリフォンと戦い始めた際の暴走した時とも違う、共に戦場に身を置く仲間からの激による高揚感。

 必死に敵に食らいつく仲間の姿に励まされ、疲弊したその身に再び火が灯る。


「了解! マスター、もう少しだけ頑張って! ……止めは私が決める!!」


 トリーシャの身体から放出される風の魔力の奔流ほんりゅうは彼女を包み込み、風のバリヤーと化していた。

 さらに魔力を練り込み、風のバリヤーは、その形状を変化させていく。

 やがて彼女を覆う風の魔力は巨大な鳥の姿をとっていた。

 地上を飛び去り、空を猛スピードで飛翔する風の巨鳥は、正面の獲物を視界に捉えるとさらに速度を上げていく。


「行けええええええええええええええ!! 花鳥風月かちょうふうげつ!!」


 グリフォンを岩壁に留めていた白零は、次第に勢いが弱まっていたが、敵に止めを刺さんと現れた本命の到来を見届けると、その役目を終えたように消失した。

 その直後、間髪入れずトリーシャの花鳥風月がグリフォンに衝突する。

 敵をさらに岩壁に押し込む風の巨鳥は、それだけでは収まらず、そのまま天井に向かって急上昇していく。

 同時にグリフォンは、その身で岩壁を削りながら広間の天井へと叩き付けられる。その様な中、風の巨鳥の勢いは更に増していくのであった。


「まだまだぁー!! この程度で終わらせない!!」


 トリーシャの叫びが響く中、天井に亀裂が走っていく。

 グリフォンの身体がさらに天井に深々と押し込められると同時に亀裂の範囲も広がっていき、ついにはその分厚い岩の壁を突き破るのであった。

 広間には、輝煌石のものではない天然の日光が広がっていく。

 その光を浴びながら、アラタはトリーシャの戦いを最後まで見届けようと、遠のきそうになる意識を必死につなぎとめていた。


「はぁはぁはぁ……くっ……トリーシャ……頑張れ!」


 空高く吹き飛ばされたグリフォンは、自身を襲う風の勢いに身体の自由を奪われ抵抗らしい抵抗も出来ない状態であった。

 そんな魔物を追い抜き、天高く上昇したトリーシャは、最後の攻撃のために魔力を開放する。


「これでぇぇぇぇぇぇぇぇ! 沈めぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 今度は直上から、猛スピードで落下する風の巨鳥は、空を舞っていた獲物を捕らえながら地面に向かって行く。

 その様子を目の当たりにしたアラタは、これはヤバいと鉛のように思い身体を広間の隅へと必死に移動させていくのであった。

 アラタが何とか広間の隅へと到着した瞬間、グリフォンを捕らえたまま風の巨鳥が天空から荒い着陸を敢行する。

 いや、それは着陸というよりは、墜落という方が正しい内容であった。

 ただ、今回の墜落の際、半鳥半獣の魔物が下敷きとなり落下の衝撃全てをその身に受けていたために、巨鳥の主の被害は最小限で済んでいた。

 そして、自らの足元で絶命している魔物の姿を確認すると一言「勝った!」と勝利を噛みしめるのであった。


 激しい戦いの結果、広間の天井は崩落し、壁はズタズタになり、床には所々クレーターが量産され最初の閑静な雰囲気の面影は跡形もなくなっていた。


「マスター! どこー? もしかして……死んじゃった? そんな……」


 アラタが呼びかけに応じない事実に、彼の死が頭をよぎるトリーシャではあったが、すぐにそれは杞憂きゆうに過ぎないことが判明する。


「生きてるよー……トリーシャよ、いくら何でもはっちゃけすぎよ」


 身体の上の瓦礫をどかしながら、アラタは自身の無事をルナールの少女に伝えて安心させるが、想像をはるかに上回る彼女の暴れっぷりをたしなめる。


「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ? 確実に止めを刺さないといけなかったんだし……」


 アラタの意見に、不服と言わんばかりにトリーシャは顔を紅潮させながら頬を膨らませていた。

 彼女のそんな仕草に可愛らしさを感じる一方で、アラタは切実に実体験をのべるのであった。


「最後の落下の時さ……あれ、周囲の色んなものを吹き飛ばしたんだけども、それについてどう思うね? 俺、あれの威力でぶっ飛ばされて死ぬかと思いましたよ!」


 それを聞いて、青ざめるトリーシャ。よくよく考えたら、地上にいたアラタの安否に関して途中から完全に失念していたことに気が付いたのである。

 途端に、ピンと立っていた耳はペタンと倒れ、せわしなく左右に揺れていた尻尾も力なくうなだれてしまっている。


「ごめんなさい、マスター。私、マスターの安全の事、すっかり忘れてて、まさか私の攻撃で死にそうになったなんて…………こうなったら死んでお詫びします」


 何処に隠し持っていたのか、トリーシャはあれよあれよという間に白装束に着替え、正座をすると短刀を手にしていた。


「初めてだから、上手く出来るか分からないけど……マスター、介錯をお願いします!」


 アラタは、目の前で行われる自刃の準備に思考が追いついていかなかった。時代劇のドラマでたまに見たことのあるシーンが今まさにリアルタイムで行われているのだ。


「何故に切腹? てか! トリーシャ! ストップ! ストーップ!! 切腹なんてやめなさい! そもそも俺は介錯なんて出来ないし、俺の剣じゃ何かを切断するなんて難しいぞ」


「何を言っているの、マスター? 切腹は腹をこの短刀で切って、介錯によってさらに苦痛を味わう事で完成するものでしょ?」


「聞いた事ねーよ! そんなドSな切腹! とにかく、こうして2人とも生きているんだし切腹は中止! いいね!?」


 幾度にもわたる攻防の末、トリーシャの切腹劇場は未遂により幕を引いたのであった

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