第65話 風の巨鳥④
(そりゃ、速いはずだ。空中での方向転換の際の制動もなく、タイムレスで動けるんだ、あいつは。原理はよく分からないけど、空中のマナを蹴っているとか、そんなだろ多分)
アラタ自身は、少々あてずっぽうな感覚であったが、その推測は当たっていた。
これは、エアリアルの応用編ともいうべき技術である。
エアリアルは全身に魔力を
高速移動術である〝瞬影〟もこの技法によるものだ。
グリフォンは、この反発効果を利用し空中を走っているのである。翼なんてただの飾りだったのだ。
「トリーシャー!! そいつは、空を飛んでいるんじゃない! 走ってるんだーーー! だから、空中でも変則的な動きが出来るんだーーー!!」
力の限り大声で、グリフォンの不可解な動きの秘密をアラタはトリーシャに伝える。
そんな彼の叫びは、トリーシャに――――届いていた。
ルナールの聴力は人間よりも優れており、グリフォンと戦いながらも彼の声が聞こえていたのだ。
「成程……そういうことね。まさか、魔物がエアリアルの応用術を平然と使うなんて思いもしなかったわ! でも、種さえわかれば対処できる! いくわよ!!」
戦いに一筋の光明が差す中、トリーシャの瞳に再び戦意がみなぎり始める。
今までは接近戦で相手の
距離を中距離に保ち、ウインドカッターをグリフォンの足底部の辺りに放っていく。
グリフォンはそれを上空に跳び上がる事で回避するが、上昇している途中でバランスを崩す。
それはまるで、カナヅチの人が海で溺れている時の様な慌てふためきっぷりだ。
トリーシャはその瞬間を逃さず、連続してウインドカッターをグリフォンの足元に放つと同時に急上昇し、相手の上方に移動する。
再び足元に攻撃を受けたことで、足底部に集中させていた魔力のコントロールが乱されたことで、空中での動きが思うように取れなくなっているのだ。
その一瞬のスキを突いて、トリーシャは先程仕損じた技を再び敢行する。風の魔力と落下速度を合わせた空からの強襲攻撃である。
「今度こそ決めるっ!
バランスを失い、身動きがとれないまま、グリフォンは月閃を頭部にまともに受け、血しぶきを上げながら地面に叩き付けられる。
「はぁ、はぁ……ようやく一撃借りを返せたわね」
地面に叩き付けられた衝撃で、煙が巻き起こる中、怒りの叫びと共に立ち上がるグリフォンの姿がそこにあった。
頭部から鮮血が噴き出してはいたが、その目は怒りに満ちており、まだ戦闘続行の意思を見せている。
「ちっ! やっぱりまだピンピンしているか……あれを屈服させるにはもっと強力な技で仕留めないといけないけど、魔力を練り上げている時間がないわね」
グリフォンの攻略法については、ある程度の目星がついたものの、ここで新たな問題が発生していた。
グリフォンの高速移動を乱すには、ウインドカッター等による風の魔術による牽制が必要となるが、そこに魔力を割くと、いざ攻撃の際に十分な魔力が確保できない。
そんな中途半端な攻撃をしていては、
一方、こちらは頻繁に魔術を使用しなければならないので、そう遠くないうちに魔力切れを起こしてしまう。
(せめて、あと1人あいつの足止めをしてくれる人がいれば何とかなりそうなんだけど)
ちらりとアラタを見るが、彼は魔力を使えない状況だ。牽制を行う事は不可能だ。
それどころか、彼はローブを纏っていない状況であるため、常にその身は危険に晒されている。
むしろ、そのような状況で、この戦場にとどまっている時点で勇気を振り絞っているはずだ。早く決着をつけて、彼を安心させてあげたい。
そうトリーシャが思う中、激高するグリフォンは翼を大きく広げていた。2人が何をするつもりなのかと訝しんでいると、無数の羽が振動しているのが視界に入る。
「!? まさか、あいつ!」
アラタがそう叫んだ瞬間だった。グリフォンは、翼から今までにない数の羽を四方八方に打ち出し始めた。
天井、岩壁、地面ありとあらゆる場所に着弾し、周囲の地形を変えていく。
最悪なのは天井への攻撃だ。
このままでは、アラタの身が危ないと判断したトリーシャは急いで迎撃に出るが、それこそグリフォンの狙いであった。
トリーシャの方に急旋回し、その鋭い鉤爪で彼女を切り裂こうとする。
焦りの余りに不意を突かれたトリーシャは、直撃をさけたものの風の魔力を纏った鋭利な爪に左腕を裂かれ、地面に叩き落とされてしまう。
「あぐぅぅぅぅぅぅうう!!」
その身を襲う痛烈な痛みにうめき声を上げる。だが、
(まずい! あいつトリーシャに突撃する気だ。あれをまともに受ければいくらトリーシャでも耐えられない!)
痛みに耐え何とか立ち上がるトリーシャではあったが、その挙動は遅く今すぐ回避行動を取ることは難しい。
だが、そんな彼女に慈悲を与えるような魔物ではなかった。グリフォンは今すぐにでもトリーシャに襲い掛からんとしている。
それはただ純粋な思いだった――トリーシャを助けたい。その一つの思いが、封印されていた力の回路を強制的にこじ開ける。
アラタにとって経験がないはずでありながら、その身に存在する確かな知識――魔力を左の掌に集中させていき、術式を構築していく。
左手に展開された魔法陣が眩い白い光を放ちだし、一瞬、巨大な樹のイメージが彼の脳裏をよぎる。
(何だ、これ? 何だかすごく懐かしい感じがする)
ふと我に返り、先程の大樹の姿が心に引っかかったが、今はそんなことを気にしている場合ではないと思い直す。
今はただ、あの敵を吹き飛ばすだけだ。噴き出す戦意と魔力の影響かアラタの黒い瞳は深紅に染まり淡い輝きを灯す。
そして、魔王はその魔術の名を高らかに叫ぶのであった。
「
掌の魔法陣から白い光弾が放たれる。サッカーボール程の大きさのそれは、凄まじい速度でグリフォン目がけて真っすぐに飛翔する。
予期せぬ方向からの攻撃に反応が遅れるグリフォンであったが、とっさに後ろ足に魔力を集中させて回避行動に移ろうとする。
だが、アラタの放った光弾が接近した際に、急に魔力のコントロールが乱れ、その目論見は失敗に終わるのであった。
〝白零〟と呼ばれた光弾は、グリフォンの左側の胴体に直撃し翼を食い破っていった。
それだけのダメージを与えながら、なおも勢いは衰えず半鳥半獣の魔物を岩壁に叩き付け、その巨躯を押し潰さんと輝き続ける。
アラタは、自分の掌から放たれた光弾に「その魔物を破壊しろ」という強い意思と共に魔力を送り続けた。
その一方で、無理やり魔術を使用した反動が身体に現れ始めていた。
急激に強い倦怠感を感じたと思えば、頭痛やめまい、体熱感、体中の関節がきしむ感覚がアラタを襲う。
身体がオーバーヒート寸前の中、彼はなおも攻撃を続行するのであった。
(たぶん、この攻撃が終われば俺はしばらく動けなくなる。あいつを倒すチャンスは今しかない! だからっ!!)
「トリーシャ! 俺がもう少しだけあいつを釘付けにする! だから! その間にありったけの一撃をあいつに決めてやれーーー!!」
アラタの声を受け、左腕に大ダメージを受けながらもルナールの少女は立ち上がっていた。
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