第64話 風の巨鳥③

 嘲笑に嘲笑で返すルナールの少女に、逆に激高するグリフォン。その様子を目の当たりにして、少し前までは自分があのような状態であったのかと、少し恥ずかしい気持ちになってくる。


「全く! あんな感じだったんじゃ、そこら辺の魔物と大差ないじゃない! 恥ずかしいわぁ」


(後でマスターに弁明しておかないと!)


 今度は、我を失ったようにトリーシャに突っ込んでくる猛禽肉食獣の魔物。

 巨大な身体からは想定できないスピードに意表を突かれるが、冷静さを取り戻した彼女にとっては大した問題でない。

 先日のベヒーモス戦の教訓から、回避した瞬間が危険と考え、念入りに風の障壁を張る。

 その選択は大正解であり、グリフォンの周囲には分厚い風の障壁が展開されていた。すれ違いざまに2つの風の鎧がぶつかり合う。

 その反動で吹き飛ばされるトリーシャではあったが、エアリアルにより空中で体勢を立て直し、動きの鈍ったグリフォンにウインドカッターを放つ。

 だが、風の刃は空を切った。グリフォンが、攻撃が当たる直前に急加速したからだ。

 このグリフォンの動きにアラタは違和感を覚えた。それが何故なのかは具体的には分からなかったが、漠然とそう感じたのだ。

 戦場では、トリーシャが近接戦闘に切り替えていた。彼女得意の空中戦だ。

 スピードを生かし、槍による無数の突きを繰り出すが、グリフォンは鉤爪かぎづめ状の前足を巧みに扱い受け流していく。

 その間、槍による攻撃を突きに加えて横なぎ、真上からの斬撃などパターンを変化させて、単調にならないようにする。

 怒涛の連撃によって、少しずつグリフォンの表面にかすり傷が出来始めるが、ダメージというにはほど遠い。

 だからと言って、焦って大技による大ダメージを狙おうとすれば、この賢い魔物に隙を突かれる可能性がある。

 息をもつかせぬ近接戦に終止符を打ったのはグリフォンの方であった。突如、翼を大きく羽ばたかせると上空に急上昇し、距離を取る。

 そこから一気に、羽による遠距離攻撃を開始する。素早い動きで回避するトリーシャではあったが、一度回避したはずの羽が再び彼女を急襲する。

 一度ロックオンした敵機を撃墜するまで追いかけてくるホーミングミサイルの如く、執拗に追いかけてくる風の羽。

 回避し続けるのは不可能と考えたトリーシャは、彼女を襲おうと近づいてくる羽を叩き落とし始める。

 1枚、また1枚と撃墜される身体の一部を目の当たりにし、眼光を鋭くさせてグリフォンが突っ込んで来る。

 落下速度と持ち前のスピードを生かした攻撃ではあったが、そのような単調な攻撃に当たる彼女ではなく、余裕を持って回避するとすぐさま追撃へと切り替える。 グリフォンの上空に移動し、自身の風の魔力と落下速度を利用した斬撃。

 内容こそ、今しがたグリフォンが行ったものと酷似しているが、大技を出して隙が出来た状態では彼女のように回避できない、はずであった。

 だがグリフォンは、自身の後方に急速で後退し、彼女の渾身の一撃を回避した。それだけではなく、今度は前方に急発進し、攻撃が空振りに終わったトリーシャへ突撃を敢行する。

 予期せぬカウンターを受け、吹き飛ぶトリーシャ。

 全力のエアリアルで体勢を変え、地面に叩き付けられる瞬間に受け身を取ってダメージを最小限に抑えていた。


「まただ! また、変則的な動きをした! 一体どうなってるんだあの鳥もどきは!?」


 いくらソルシエルに存在するものが奇想天外なものが多かったとしても、グリフォンの動きは明らかに物理法則を無視している。

 トリーシャの攻撃を避けた時は、バックステップをするわけでもなく一気に後方に逃げおおせた。

 まるで透明の壁を手で押して、その反発力を利用して後ろに逃げおおせたかのような動きであった。

 再び近接戦を開始するグリフォンは自慢の鉤爪で獲物を切り裂こうとやっきになっていた。

 それを何とかいなしながら隙を伺うトリーシャではあったが、拭いきれない不安を彼女が襲う。


(さっきは完璧に攻撃を入れたはずだったのに避けられた。また、隙をついて攻撃をしたとしても再びカウンターをされたら、今度は無事じゃすまないかもしれない……どうすればいいの? せめてあの動きの正体が分かれば……)


 先の見えない攻防、敵の得体の知れない動き、カウンター攻撃の恐怖。進むべき道が闇に閉ざされたような感覚の中、トリーシャは必死にグリフォンの攻撃に食らいつく。

 やがて攻防戦は再び空中戦へともつれ込み、トリーシャは距離を取ろうと急上昇をするが、グリフォンはそんなトリーシャに追いつく勢いで空を駆けていた。

 その様子を目の当たりにしたアラタは、驚くとともに、今までの違和感が一本の線に繋がるのを感じた。

 そう、あのグリフォンは空を飛んでいたのではない。駆けていたのである。

 思い返すと、グリフォンは空中で多少は翼を動かしていたが、それは恐らく姿勢制御程度のものでしかなく、肝心の高速飛行の際には全く羽ばたかせていなかったのだ。

 一方、その4本の脚はせわしなく空を蹴り続けていた。その動きはまさに、動物番組でライオンが狩りをしている時の映像そのものであった。

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