第63話 風の巨鳥②
ソルシエルに存在する人の種族は大きく2つに分類される。
〝人間〟と〝亜人族〟である。
基本的に亜人族は、人間よりも強靭な肉体を有している。それは体内のマナの多くが筋力向上に割り振られているためである。
そのため、魔力が人間と比較して少なく、魔術の扱いは苦手としている。だが〝ルナール〟は亜人族でありながら、魔力が高い。
彼らはマナの保有量が基本的に他の種族よりも高く、魔力のコントロールにも優れた種族なのである。
豊富なマナをバランスよく
神魔戦争時代以前のルナールは、その美しさから権力者の下で不当な扱いを受けてきた。
その環境から彼らを開放したのは魔王グランであり、今なお彼はルナールから解放者として崇められている。
だが、彼がルナールに対して影響を与えたのはそれだけではない。当時は、神魔戦争が勃発した頃であり、様々な場所で激しい戦いが起き始めていた。
グラン達魔王軍は、彼らを保護すると共に、当時の過酷な状況を生き抜くために戦い方を教えた。
魔王軍としては、ただ自己防衛できればという思いであったのだろう。
だが、そんな彼らの予想を裏切る事態が発生した。ルナールは、戦い方を覚えると皆優秀な戦士へと変化したのである。
見た目美しく、身体の線は細く、いかにも戦いには向かない外見をしているにも関わらず、だ。
戦いに目覚めたルナールは、魔王軍に属し重要な戦力として、その一翼を担った。
神魔戦争を境にルナールは奴隷の立場から、勇猛な戦士としての立場を確立したのである。
そして、神魔戦争から1000年の間に起きた戦にもルナールは度々出没している。 その時の彼らの激しい戦いぶりから「バーサーカーのようだ」という意見もちらほら見られている。
今や彼らは他種族から恐れられる戦闘狂の種族であった。
トリーシャは、そんなルナールの代表として現魔王軍に派遣された魔闘士であった。
グリフォンと対峙した時、アラタの安全面を考慮し、一時撤退を選択した彼女ではあったが、退路を断たれた今、選ぶ道は戦いしかない。
彼女は内心では歓喜していた。強者との戦いはルナールにとって何よりも勝る喜びなのだ。
それは、トリーシャとて例外ではない。いや、彼女はルナールの中でも特に戦意の高い部類であり、今や空腹時にご馳走を前にした時よりも喜び、興奮していた。 おまけに、自分の後ろには種族を通して崇拝する魔王グランの生まれ変わりたるアラタがいるのだ。
彼を守りつつ強者と戦うという現状に、彼女の心も身体も今までにないほどの
(これは、ヤバいわ……興奮を抑えられない……身体が……熱い!)
自身、経験のない高揚感に少しのぼせながらも、これから戦う相手の様子を窺う。すると相手は笑っていた。
いや、
安い挑発に普段の彼女なら鼻で笑い返すところであったが、今の彼女は興奮のあまりに冷静さを欠いていた。
自身で感じたグリフォンの嘲笑に激高し、一気に突撃する。彼女らしからぬ戦い方に驚いたアラタが声の限りに叫んだ。
「トリーシャ、駄目だ! そんな真っすぐ突っ込んだら狙われるぞ!!」
アラタの声が耳に入り、ハッと我に返ったトリーシャの視線の先には、口部に魔力を集中するグリフォンの姿があった。
「ヤバッ!!」
全力の直進攻撃を中止し、横への緊急回避を行うトリーシャ。無理やり方向を変えたため、着地にまで気を回す余裕がなく地面に叩き付けられる。
一方、一瞬前まで彼女がいたところを、グリフォンが放った風の砲撃が通過していく。
そして、岩壁にぶつかると広間を震わせる衝撃が襲ってくる。しばらくして衝撃が収まると、岩壁には巨大な攻撃の爪痕が残っていた。
それを目の当たりにして、トリーシャは冷汗が流れるのを感じていた。血液に冷水を入れられたように上気した身体が冷えていく。
先程までの暴走した高揚感はなりを潜め、しだいに普段の冷静さを取り戻すのであった。
(もしも、あの時にマスターが知らせてくれなかったら、あれが直撃していた。例え死ななかったとしても、戦える状態ではなかったはず)
離れた場所で、無事を知らせるアラタを視界に入れて安堵しながら、彼のアドバイスに感謝していた。気を取り直して、再び戦うべき相手に向き直る。
心なしか先程よりも、グリフォンの笑みが強くなっているような気がする。
だが、普段の冷静さを取り戻した彼女にとっては、ただ気持ち悪さを感じさせるだけであり、心をざわつかせるものではなくなっていた。
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