第62話 風の巨鳥①

 バルゴ風穴内で皆とはぐれたアラタとトリーシャは、シルフの待つ最奥部に向かって再び歩き始めていた。

 風穴内部は広く、そこまで入り組んだ構造ではないため、皆と合流する為に下手に動くよりは、共通の目的地である最奥部を目指した方が結果的に合流できる可能性が高いと考えたからである。 

 アラタが目を覚まして再び歩き始めてから、丸1日が経過していたが、その間休憩を入れながら無理のないペースで進んでいる。

 ギルド協会の作成したマップが正しければ、そろそろバルゴ風穴の最奥地にある風の精霊シルフをまつほこらに到着するはずであった。


「そろそろ祠に到着するはずだけど、結局皆とは合流できなかったなぁ」

「そうねぇ、もしかしたら皆は先に到着して私達の事を待っているかもしれないわね」


 現状、戦闘できるのはトリーシャ1人だけであるため、ここまで慎重に進んできた2人であったが、ゴールが近くなってきたからか緊張感が少し緩んでしまう。

 そんな時に、開けた空間が2人を待っていた。

 そこは、洞窟内とは思えないような広さで、10階建ての建物がすっぽり収まってしまう程の高さであり、周囲もサッカー場並みの広さがあった。

 それだけ巨大な広間ではあったが、輝煌石がふんだんにちりばめられているため、隅々まで明るく遠くまで見通すことが出来た。

 この広間を一通り見渡すと、正面に通路の入り口らしきものが確認できる。恐らくあの先にシルフの祠があるはずだと考えた2人は、足取りが軽くなりながらも周囲への警戒を怠らないようにしながら進んでいく。

 そして、広間の中央に差し掛かった時、アラタはふと嫌な予感を感じるのであった。

 加えて何処からか視線をも感じた。これは決してそういった〝気〟がするのではなく確信に近かった。  

 アラタは魔力こそ自由に行使できないものの、このような危機察知能力に関しては著しい成長が見られ、バルザスからも太鼓判を押されていた。

 今は、視線を感じる方向に意識を向けて、敵の位置を割り出そうと試みている。

 アラタ自身はまだ気付いていないが、索敵行為は魔闘士にとって重要な技能であり、これを極めれば敵からの不意打ちを防ぐことが可能となり、状況次第ではカウンターを仕掛けて一気に敵を返り討ちにすることも出来る。

 本来ならば、魔力を用いて感知しようとするのが正当なやり方なのだが、アラタは現在これを気配のみで行っており、自然と難易度の高い状態で挑戦していた。


(どこだ? この視線は一体どこから……)


 気配の根源を探る魔王。まだ見ぬ敵の気配の糸をたぐりよせていく。

 その結果、視線の主の場所を特定することに成功する。だが、その瞬間アラタの表情はこわばってしまう。 

 なぜならその気配は、アラタ達の丁度真上から叩き付けられていたからだ。こうして、相手の居場所が分かると自分達に向けられる殺意やプレッシャーの強さがはっきりと分かる。

 むしろ何故こんな悪意に今まで気づかなかったのだろうかと不思議に思ってしまう。

 だが、今はそんな疑問に対する回答を考えている場合ではない。何よりやらなければならない事は明確だ。


「トリーシャ、上だ! 敵が真上から来る!」


 アラタの指示に素早く反応する彼女が見たのは、既にぶら下がっていた天井を離れ、猛スピードで自分達に突っ込んでくる巨大な黒い塊であった。

 一般的な魔闘士であれば、この瞬間反応が間に合わず、不意打ちにより大打撃を受けていただろう。

 だが、トリーシャは風の加護により常人を大きく上回るスピードを兼ね備えていた。 

 自分だけでなくアラタを連れて、一気に安全な位置まで退避する。

 目標を直前で失った黒い塊は、落下速度を緩めることなく地面に激突した。

 その衝撃波が退避したアラタ達のところまで及んだが、トリーシャが風の障壁を展開していたため、衝撃波は元より細かい石の破片なども阻まれ、特にダメージには至らなかった。


「自滅した? ……やったの?」

「トリーシャさんよ……それはこういう時に言っちゃならんセリフよ」


 トリーシャが、アラタの駄目だしの意味が分からずに悩んでいると、落下した場所では煙の向こう側で何かが動き始めていた。

 そして、急に発生した突風が煙を吹き飛ばし、黒い塊の全貌が露わとなった。

 それは全高3メートル以上あるだろうか? わしの様な猛禽類もうきんるいの上半身に獅子を思わせる筋肉質な獣の下半身。

 その異形な体躯の左右には巨大な翼を有している。今やその黄金の双眸そうぼうが、この広間に入ってきた侵入者を捉えていた。


「あれは、もしかして……グリフォン?」


 トリーシャの表情が急激に曇っていく。グリフォンは、風属性の魔物として上位に位置する存在であり、手練れの魔闘士数人で対処して何とか戦いになるというレベルの相手だ。

 それに対し、現在の戦力は風属性の魔闘士であるトリーシャ1人に庶民アラタ1人というラインナップである。

 控えめに言っても、戦うには無謀な状況だ。アラタとトリーシャは目を合わせると互いに頷き、一目散にもと来た道を目指して全力で走り出していた。

 何も、今無理をして戦う必要はない。はぐれた皆と合流してしてから改めてお邪魔すればいいのだ。

 だが、そんな2人の心情を知ってか知らずか、グリフォンは先手を打つ。

 翼から風を纏わせた羽を数発、まるでミサイルのように発射したのである。

 逃走中の2人の側を通りすぎ、2人が入ってきた道の岩壁に直撃し、瓦礫によって道が塞がれてしまう。


「そ、そんな……通路が……これじゃ逃げられない」


 退路が断たれたことで、愕然とするアラタ。一方で、トリーシャは腹をくくったらしい。


「……ならば、戦うしかないようね。しくも、お互いに風の加護を受けた者同士……どちらが風に愛されているか……面白そうじゃない?」


 トリーシャの顔には、恐怖どころか笑みがこぼれている。この状況を楽しんでいる戦士としての彼女がそこにいた。

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