第4章 風の精霊シルフと風の記憶
第56話 バルゴ風穴
マリクを出発し、平原を抜けると、それまでの平地とは打って変わり、道は山々の中へと続いていた。
それでも道は、ある程度
さらに進むと、そこは峡谷となっており、谷底には川が激しく流れている。アラタ達は峡谷の崖に作られた道を進んでいった。
峡谷は長く続いており、途中には街はなく簡素な休憩所が設けられているのみであるため、ここを通過する際にしっかりと準備をしておかなければ、途中で行き倒れてしまう事も少なくなかった。
そのため、旅をする際には、念入りな準備が必要であるという教訓を叩き込まれる場所あり、〝試練の谷〟などと言われている。
延々と続く渓谷の道中に分かれ道がある。
ここを真っすぐに進むと渓谷を抜け、宿場町ハンスがあるルートとなるのだが、もう一方の道の先にはアラタ達の次の目的地であるバルゴ風穴があった。
マリクを出発して、既に3日程経過していたアラタ達は、この道を真っすぐに進み、ハンスの宿屋でゆっくり休みたいという欲求を抑え、泣く泣くバルゴ風穴へと向かったのである。
バルゴ風穴――マリクとハンス間の峡谷の途中にある巨大な洞窟であり、その内部をソルシエル中の風が通過していく。
そして、ここを訪れた者は、ある幻を見るという噂があった。
それは、共に訪れた者の、過去・現在・未来いずれかの姿を目の当たりにするというものであった。
その噂を聞き付けた者が、ぜひ自分の未来を見てみたいと一時期殺到したが、誰一人として、その目的を達成できた者はおらず、次第にここを訪れる者は少なくなっていったのである。
今、ここに足を運ぶのは、このバルゴ風穴のもう一つの姿――風の精霊シルフとの契約を求める者のみである。
「やっと到着したわね。ここがバルゴ風穴かぁ、おっきいわねー」
トリーシャは、巨大洞窟の入り口にある『バルゴ風穴入り口』と書かれた看板を確認し、その入り口大きさに感嘆していた。
「ここに風の精霊シルフがいるのですね。一体どのような姿をしているのでしょう?」
「イフリートが炎を
アンジェがシルフの容姿を気にする一方で、適当に返す魔王。急に異世界に飛ばされ、様々な魔物や魔術等を目の当たりにしてきた彼には、もはや何が出てきても驚かない自信があった。
「アンジェさんよ、外見なんて大した問題じゃないんだよ。中身だよ中身。人も精霊も同じだよ。イフリートだって、外見はおっかなかったけど、割と気さくな性格してたでしょうよ?」
「確かに、それはそうですが……アラタ様は、シルフがどのような姿をしていても驚かないのですか?」
アラタは「まあね」と自信ありげに胸を張る。そんなアラタを生暖かいまなざしで見る魔王軍一同。
だが、バルザスだけは彼の悟ったようなセリフから、それを〝成長〟として受け取ったようで、目尻に涙を浮かべて喜んでいた。そんなバルザスに対しても、やや引き気味のトリーシャ達であった。
「ふーん、なんか今度の魔王は以前よりも地味ね……ウケる」
突然聞き覚えのない声が、何処からか木霊する。
その声の主の居場所に、いち早く気が付いたのはトリーシャだった。アラタの上方に視線を向けている。それに気が付いたアラタは、トリーシャの視線の先にいる〝それ〟を急いで視界に入れた。
それは、アラタにとって見覚えのある姿をしていた。
ボリュームのあるウェーブのかかった金髪にやや緩めに着こなした制服、丈が膝上の短めのスカートを有し、厚手の白い靴下を履いている少女が空中に浮遊していたのである。
それは、いわゆる〝コギャル〟に酷似した外見であった。ただし、そのコギャルはアラタが知っている彼女達とは異なる特徴を持っていた。
彼女の背中には透明に近い、蝶の羽の様なものが生えていたのである。
「なん……だと!?」
アラタは驚いていた。この世界に来てからは、今まで見たことのない怪物ばかりに出くわしてきたため、次にそういったものに遭遇しても驚かない心構えがあった。
しかし、今目の前にいる〝それ〟は、ソルシエルに来る前に、日常的によく見ていた外見をしていたのだ――正確には、羽のおまけつきではあるが。
逆に、その意外性に不意を突かれた魔王は、だらしなく口を開けて眼前のコギャルに見入っていたのである。
「アラタ様、もしかしてあのような外見の女性が好みなのですか? 先程から動きが止まっていますが」
一時停止ボタンを押したかのように動かなくなったアラタを心配するメイドは、これ見よがしに、その均整のとれた身体をアラタにすり寄せる。
いつもならば、ここでアラタは絶叫し、年頃の女性がなんたらと説教をするのだが――現在も固まったまま動かない。
これを異常事態と考えたアンジェは強硬策に乗り出す。
「アラタ様、申し訳ありません!」
そういうと同時に、アラタの頬に思い切り平手打ちを叩き込み、周囲には激しい強打音が鳴り響く。
「アウチッ!!」
平手打ちが当たった瞬間、アラタの顔が真後ろ近くまで回ったように見えたが、その目撃者達は、そのショッキングな光景を見間違いであったと各々自分に言い聞かせて見て見ぬふりをしていた。
一方、アンジェの平手打ちにより、正気を取り戻したアラタは一瞬真後ろにいるはずの皆と目が合ったような気がしたものの、首がそこまで回るはずがないと思い直し、あまり気にしない事にした。
ただ、凄まじい衝撃を覚えた左頬は未だにジンジンと痛んでいるのは確かであった。
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