第55話 動き出す影

 ――とある場所。どこかの洞窟であろうか? 暗く広い空間をわずかばかりの光が灯されている。そこには数人の人影があった。


「あの勇者一行につけられてはいないだろうな、ガミジン?」


 ガミジンと言われた男が、乾いた笑みを浮かべながら吐き捨てるように返答する。

 フード付きのロングコートのようなローブを身にまとい、ドクロのネックレスや指輪を身に着けている。外見的には20代といったところか。


「あの程度の連中に、僕が遅れをとるとでも? 追ってきた連中を始末することだってできたんだ。それをわざわざ巻いてこいと言ったのはあんただろう、アスモダイ」


 アスモダイと呼ばれた男性は、見た目の年齢は30代程で体格は細身で長身、目鼻の整った顔立ちをしていた。

 髪も程よく短く整えられており、清潔感を醸し出している。

 ガミジンがやや感情的になっているのに対し、彼は微笑みを崩すことなく冷静に対処する。


「勇者スヴェン一行には、こんな所で脱落してもらっては後々困るのだよ。ベルゼルファー様を復活させるために、彼らには一役買ってもらわなければならないからね――ところで、魔王軍の実力はどうだったのかな?」

「ああ、あいつらか。特に脅威にはならないな。ベヒーモス1体に右往左往しているような連中だ。放っておいても問題ないが……潰すのか」


 魔王軍には特に興味のない様子を見せるガミジンではあったが、アスモダイは表情を変えることもなく淡々と指示をする。


「魔王軍にも勇者同様に、後で役割がある。葬るのはその時だ。ところで、現在の魔王の状態はどうだった?」


 魔王の事を質問され、それこそ何の興味もないという態度を示すガミジン。ただ、報告はしないとアスモダイがうるさいので、適当に戦闘中に見た魔王の様子を報告する。


「あれは、ただの一般人だ。戦いの最中も安全な場所でギャーギャー騒いでいただけだよ。……ああ、そう言えば、最後にビエナを1匹倒していたな……全く、笑っちゃうよね。仮にも魔王と呼ばれる男が、魔力も使えずに雑魚の魔物1匹倒すのに重傷を負うなんてね」


 魔王とビエナの泥試合を思い出し、笑いをこらえるガミジンだったが、その話を聞いた瞬間アスモダイの表情が一変する。


「ビエナを……倒しただと? 魔力が封印された状態で? ……何故それを最初に言わなかった! あれほど魔王に関する情報は逐一報告するように言ったはずだ!」


 今まで見たことのない憤怒の表情を見せるアスモダイに、一瞬驚く他の人影達であったが、それを見るとばつが悪いと思ったのか、アスモダイは一度咳払いをして平静を取り戻していた。


「……見苦しいところを見せて申し訳ない。だが、とても重要な事だ……お前達も知っている様に、現在魔王はベルゼルファー様の力により魔力が封印されている。つまり、一般人と基本的な身体能力は変わらないのだ……にも関わらず、1体とはいえビエナを倒した。これが何を意味するか分かるか?」


 アスモダイの問いに誰も返答できなかった。彼らにとって魔力を使えない状態というのは想像できなかったからだ。

 ここにいる人物達は、皆強力な魔力を有する者達だ。今まで生きてきた中で魔力が使えない時などなかったのである。


「魔力が使える者と使えない者とでは身体能力に大きな差が生まれる。当然魔力感知も使えないから、魔力の気配を読む戦法は不可能だ。戦いにおいて敵の動きを追うのに使えるのは、せいぜい動体視力ぐらいだろう。それも、魔力で強化されていないから、能力的にはたかが知れている……そして、ローブを纏う事もできないため、基本能力の強化も出来ないありさまだ。恐らく、自らの力だけではビエナに致命傷を負わせることは出来なかったはずだ。それどころか、その動きを目で追う事が精一杯だっただろう」


 アスモダイがここまで話すと、人影達は声を発することもなく、緊張した面持ちであった。

 彼の話を聞けば聞くほど、魔王に勝ち目はないと思ったからである。だが、実際には満足に魔力を使用できない男は戦いに勝利しているのだ。

 誰かの生唾を飲む音だけが静まり返った空間に木霊している。


「ビエナは確かに弱いかもしれないが、それでも俊敏性には定評がある。それを、1人で討ち取った……こいつは危険だ。もし、魔力が使えるようになったら、あの魔王グランを越える存在に化ける可能性がある。今後は更に注意が必要だろう」


 アスモダイの表情は元に戻ってはいたが、その胸中は穏やかではなかった。

 現時点では、脅威となる存在になりえない魔王に対して、彼の直感が警鐘けいしょうを鳴らしているのである。――この魔王は我々、破神教の十司祭にとって危険な存在になり得る――と。

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