第57話 見た目はコギャルな精霊シルフ

 一方、平手打ちをお見舞いしたアンジェは、少々強くやりすぎたと思ったのか、いつもの軽口はなりを潜めていた。


「何やってんのー? まじウケるんですけどー。てか、首ありえない位回ってなかった? 大丈夫?」


 けたけた笑いながらも、少しアラタを心配する様子に、コギャルは悪い人ではないかもと思う、首180°回転男であった。

 だが、その羽の生えたコギャルが一体何者なのか分からず黙ってしまう。

 このままでは話が進まないと思ったのか、コギャルは自分から話し始める。


「なんかノリ悪いなぁ~。あーしは風の精霊シルフよ。よろ~」


 コギャルが自己紹介をしたが、魔王軍の面々は、ここで再び全員動きが硬直してしまう。ただ、頭の中では皆同じ事を考えていた。


((今、自分の事をシルフって言いましたか?))


 全員が信じられないという表情をしていたのを感じてか、コギャル改めシルフは、掌にボールの様な風の塊を生成すると、それを付近の岩に投げこんだ。

 風のボールが命中した瞬間、ボールは爆発するように拡張し、岩を粉々に砕いていく。


「もう1度言うわよ。あーしがシルフよ」


 彼女が挨拶代わりにやってのけた事は、とても常人の成せる業ではなかった。

 「百聞は一見に如かず」とはよく言ったもので、このコギャルが精霊シルフであると認めざるを得なかったのである。


「しかし、なぜ風の精霊シルフが、風穴の入り口にいるのですか? 普通、精霊とあれば奥地にある祭壇などに待機しているはずですが」


 バルザスがシルフに疑問を投げかける。イフリートの時はアポロの最終地点と言うべき、山頂の噴火口に出現したため、今回も当然バルゴ風穴の最奥地に現れるものと思っていた。

 まさか、スタート地点に現れるとは誰が予想できただろう。


「あーしは、まどろっこしいのは嫌なのよね。とりま、新しい魔王と魔王軍の顔を見に来たってわけ。イフリートからは、魔王は少し面白そうな奴だって聞いてたんだけどー…………超地味でウケる」


 初対面の羽の生えたコギャル風の精霊に、さんざんな事を言われたアラタの心中は穏やかではなかった。

 彼女の放った一言一句は、確実に彼のコンプレックス部分を打ち抜いたのである。


(そりゃあ、自分自身地味だと思っていましたよ。華やかさがあるかないかと言われれば、ないでしょうよ……でもいくらなんでも初めて会った人に、いきなりそこまで言われる筋合いはないでしょう?)


 アラタの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。ソルシエルに来て、色々悔しい思いをしてきたが、今回のダメージはその中でもトップクラスに相当していた。

 魔王の悔し涙を見てしまったセス達は、かける言葉が見つからず押し黙ってしまうが、さすが精霊は違っていた。


「なぁーに~、あんたまさか泣いてんの~? まじウケるんですけど~。ホントの事言われて傷ついちゃった?」


 その瞬間、アラタは崩れ落ち、両手で顔を覆ってしまう。その手の内側からは押し殺した泣き声が漏れている。

 アラタのそんな姿を見て、悪戯な笑みを見せるシルフであったが、アンジェ達が間に入って、これ以上の精神攻撃をしないよう注意していた。


「もう、これ以上は止めてください! ほら! 泣いてるじゃないですか!」


 まだ泣いているアラタの様子に、さすがにやりすぎたのかと思ったのか、シルフは少し焦りながらも弁明をしていた。


「あはは。めんご~。あーし、どうもいじめっ子の気質があるみたいで。泣いてる子を見かけると……さらに追い打ちかけたくなるのよね!」

「なんだそれ! 最低じゃないか! やっぱり俺、この精霊嫌いだ!」


 鼻息荒く言い切るシルフに対し、間髪いれずに突っ込みをいれるアラタ。この後、彼が平静を取り戻すのに少々時間がかかるのであった。


 精霊シルフは、外見は蝶の様な羽の生えたコギャルであった。

 但し、その大きさは1メートル程度で、精霊というよりは妖精といったイメージが近い。

 一見、可愛らしい外見をしているのだが、中身は少々問題があるようでアラタはすっかり苦手意識を持つようになってしまった。

 そもそも、コギャルに対してもいい思い出が無かったらしく、それが苦手意識を助長させているのかもしれない。

 アラタは典型的な非リア充なのだ。

 だが、なにはともあれ、目的としていた風の精霊が今目の前にいる事を好機と見たアラタは、可能な限り平静を装い彼女に接しようと試みたのであった。


「シルフ! それじゃあ、俺との契約をよろしくお願いします!」


 アラタがシルフに手を差し伸べると、それに対し冷たい視線を送るコギャル風精霊。


「はぁ? あんた何言ってんの? そんな簡単に契約するわけないじゃん!」


 アラタの『出来る限り穏便に契約し、とっとと撤収作戦』は軽く一蹴されたのであった。


「ちょっと待って! 4大精霊との契約って特に条件のないものってイフリートが言っていたのよ。それがどうして今回は駄目なの?」


 怒りで硬直するアラタをかばうように、トリーシャが助け舟を出す。これが無ければアラタはキレて収集がつかなくなっていたかもしれない。


「確かに他の3人は契約に際して特に条件付けはしてないわ……でもね、は別! 中途半端な気持ちでこの先に進んでもろくなことにならないわ……それなら、いっそ……」


 先程までの、コギャルなノリや口調から一変し、急に真面目な口調になるシルフ。

 その変化に、魔王軍メンバーは驚いてしまう。だが、アラタはこのシルフの変化を見て、これが彼女の本心なのではないかと直感した。


「……だったら、俺達が本気だってことを証明すればいいんだな? そしたら契約してくれるってことでいいんだな?」


 先程は契約を軽く拒否された魔王。今度は言い逃れ出来ないように念を押す。これ以上、シルフに振り回されるのはこりごりだったのである。

 一方、シルフもアラタの真剣な表情を見て、少し考える様子を見せる。


「……分かった。あーしは、このバルゴ風穴最奥の祭壇で待つわ。あんた達が、そこまで来れたら契約を考えてあげる。ただし、その時あんたには、ちょっとやってもらいたいことがあるけど、それでいい?」


 アラタを指名するシルフの表情は、真剣そのものだ。コギャルモードの時とかなりギャップがあったが、ここは茶々を入れる場面ではないと思いアラタも真摯な態度で返す。

 それを見届けると、シルフは小さな竜巻を起こし、その流れに乗りながら風穴の中へと消えていった。

 こうして、シルフの後を追う形で魔王軍のバルゴ風穴進軍が開始されたのであった。

 

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