第53話 初めの一歩

「弟と妹がすみません、魔王さん。2人とも、魔王さんのファンになっちゃったみたいで」


 トーマスが困り顔をしながら、弟と妹を引き離そうとするが、2人は一向に離れようとせず、兄にふくれっ面をお見舞いする。

 それを見て、トーマスが怒ろうとすると、彼の弟と妹はアラタの後ろへと避難してしまう。


「随分と懐かれてしまったみたいですね、アラタ様。それに良かったじゃないですか、ファンができて……でも手を出してはだめですよ」


 少し悪戯っぽい笑顔をアラタに向けるメイドではあったが、幼子に向ける笑顔は普通に優しいものであり、それを目の当たりにしたアラタはドキッとしてしまう。


「手なんて出さないよ、犯罪じゃないか。で、でも一体何がどうなって俺のファンになんてなるんだ? 特別な事をした覚えはないんだけど?」


 動揺を隠すように、話題を変える思春期魔王。だが、実際に他人から好意を抱かれるような事をした覚えがない。

 自分がやったことと言えば、雑魚な魔物と一対一の泥仕合をしたぐらいだ。


「ビエナが荷台に入ってきた時、すぐ目の前に魔物が迫ってきた瞬間、僕達はもう駄目だと思ったんです。その時に助けてくれたのが魔王さんだったんです」


 トーマスは幼い2人に代わって彼らが魔王のファンになった経緯を話してくれた。しかし、説明中に段々鼻息が荒くなり、少し興奮気味のようである。


「でも、他の皆の方がすごい事やってたよ。すごい魔術使ったり、技使ったりして沢山の魔物をなぎ倒してはずだ。俺よか活躍してたよ?」

「それはそうかもしれません……でも! 大事なのはここからなんです!」


 先程まで理知的であったトーマスであったが、今や顔は上気しており、アラタに迫って来る勢いだ。

 そんな彼の様子に既視感を感じ、何故だろうと頭をひねる魔王だったが、割とすぐに理由が判明する。


(……セスだ! この子からはセスと同じ匂いがするんだ……セス2号だ!)


そんなしょーもない事を考える一方で、目の前の少年は目を輝かせながらやや早口で語り続けていた。


「マリクに向かう時に皆さんの話を聞いてしまったんですけど、魔王さんは魔力を使えないんですよね? だからすごいんです! 僕も魔力はそんなに強くなくて、実戦で使えるようなレベルじゃないんですけど、魔物に対してただ震えてる事しかできませんでした。でも、魔王さんは魔力が使えないのに、すごい怪我をしながらも戦い続けて最後には勝ってしまった……あの戦いを見て、最後まであきらめない事の大切さを教えてもらったんです。頑張り続ければいつかは……って。そして、守っていただいた事にお礼を言いたかったんです……魔王さん、ありがとうございました」


 最初は、トーマスの勢いにタジタジであったアラタだったが、彼の真剣さと言葉に段々と胸の奥が熱くなる感じがしていた。


「いや……俺の方こそ、ありがとう……あれ? 俺何言ってるんだろうな?」


 照れ隠しをするように、頭を掻く仕草をするアラタはトーマスを直視できなかった。

 彼やその兄弟達は自分に「助けてくれてありがとう」と言ったのだ。

 それは、今まで無力感にさいなまれてきた彼にとって、初めて魔王軍以外の人物に言われた感謝の言葉だった。

 初めて、守られる側ではなく守る側に立って誰かを助けることが出来たという証に他ならなかったのである。

 それは、単なる偽善行為なのかもしれない、自己満足なのかもしれない――それでも、自分があの時戦った事で救われた命がある事に気付かされた少年は、今まで感じたことのない充足感を感じていた。


「おめでとうございます……アラタ様が望む道への第一歩ですね」


 隣でアンジェが笑顔を向けていた。それは、いつものアラタをからかうような含みのある笑みではなく、純粋な祝福の笑みである。


「ありがとう、アンジェ……俺、今回の事を絶対に忘れない。今感じている、この気持ちを忘れない……そして、これからも頑張り続けてみるよ」


 少年の見上げた空は、何処までも澄み渡っている、雲一つない快晴であった。

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