第52話 魔石の行方

 その後食事を取って、アラタは魔王軍の面々と顔を合わせていた。

 どうやらスヴェン達は、一度マリクに戻り行商人の家族が無事再会したのを見届けると、すぐにマリクを去ったらしい。

 ベヒーモスを復活させた破神教の十司祭が付近にいる可能性が高く、捜索に出たとのことであった。


(結局、スヴェンとは仲違いするような形になったな……まぁ、勇者と魔王なんて敵対する間柄だから仕方ないか)


「そう言えば、スヴェンさんから伝言を頼まれていました」


 アラタがしんみり思っていると、アンジェが思い出したように話し始める。


「その内容なのですが……『もしお前がこの世界に残り、魔王としての道を進むのなら、いつか俺と戦え』だそうです」


 その内容にどよめく魔王軍の面々。

 勇者が魔王との戦いを希望しているのだから当然の流れではあるのだが、今のアラタの状態では現実味を感じない対戦カードだ。

 しかし、どうやら、あの勇者はそのようには考えていないらしい。

 どのみち、魔力の封印を解いてからの話なので、後々考えることにするという結論に至った。

 そもそも、アラタが元の世界に戻ることを選択すれば、この2人の戦いは成立しないのだから。

 だがアラタ自身は、このスヴェンからのメッセージには、単に敵対関係にある者に当てたものというよりは、彼に自分が試されているような印象を受けた。

 それ故か、アラタの中でも、もしソルシエルに残り封印が解けて戦えるようになったのなら、いずれスヴェンと戦ってみたいという気持ちが芽生えていたのである。

 

 アラタが目を覚まし、体調も問題ないという事で魔王軍は、風の精霊シルフとの契約のためバルゴ風穴に向けての準備をしていた。

 と言っても、先の魔物襲撃の前には準備は終わり目的地に向かう所であったので、回収した魔石の換金を行う程度であった。


「そう言えば、ベヒーモスの魔石ってどうなったんだ? 回収できたの?」


 途中で気を失ったアラタは、ベヒーモスの魔石の顛末てんまつを知らず、当時魔石回収に燃えていたアンジェに尋ねてみた。

 だが、もし回収できていたのなら、彼女は既に喜々としてその報告をしているはずなので、おそらく何らかの理由で不可能だったのではないかと推測していた。

 だが、彼女の返答は、そんな予想とは少し違っていた。


「魔石の回収はできました。さすがベヒーモスの中核を担っていただけあり見事な魔石でした」


 だが、現在魔王軍には件の魔石は存在しないようだ。

 ならば、それは現在どこにあるのだろうか? 既に換金してしまったのだろうか? そうであるなら、一目見てみたかったと思うアラタであったが、この話題になるとアンジェの表情が曇る。


「アラタ様……実はその件なのですが、まずはアラタ様の許可がないまま勝手に行ってしまった事をお詫びさせてください」


 どうしたのかとアラタが問うと、ベヒーモスの魔石は行商人の家族に譲ったとの返答であった。

 あの戦いで、彼らの命は助かったものの財産のほとんどを失った事で、この先の見通しが立たない状況であったらしい。

 商人ギルドに所属しているため、そこから最低限の補助金は出るらしいのだが、雀の涙程度でしかない為、結局は先行きが暗かった。

 それを見かねたアンジェの提案に魔王軍の皆が賛同し、ベヒーモスの魔石を彼らに譲ったのだそうだ。

 アラタには目が覚めた後で伝えようと考えていたが、打ち明けるタイミングを見計らっているうちに当人から先に問いかけられたという状況であった。


「別に怒ってないよ……それよか、良い判断だったと思うよ。せっかく助かったのに、その後生活が成り立たなくて最終的には……って考えたら後味悪いしさ」


 笑顔で返すアラタの顔を見て、安堵の表情を見せるアンジェ。その時、「すみません」と彼らに声をかける少年の姿があった。

 それは、先日魔物の群れから救助した行商人一家の長男であった。

 そこでは人通りが多かったため、場所を移して行商人の長男トーマスは改めてアラタとアンジェに感謝を述べていた。


「本当に先日はありがとうございました。魔物から助けてもらっただけじゃなく、あんなに貴重な魔石まで譲っていただいて……おかげで今後の生活は何とかなりそうです。いつか必ずこの御恩はお返しします」


 トーマスの礼儀正しい姿勢を見て、中学生の頃の自分と比較しながら、彼がとてもしっかりしている事に感心する高校生。

 もしかしたら、今の自分よりもしっかりしているかもしれないと思ってしまう。


「そんなに気負わなくていいよ。俺達が好きで勝手にやったことだから」


 中学生位の少年にあまり気を遣わせたくないアラタ達ではあったが、一向に納得しようとしない彼の律義さに完敗し、いつか何らかの形でお礼をしてもらうという形に落ち着いた。

 トーマスを伴い皆が待っているマリクの南門に到着すると、そこには行商人の家族とロシナンテのメンバーが見送りに来ていた。

 先日の戦いの際には皆、肉体的にも精神的にもボロボロの状態であったが、現在は皆笑顔で談笑している。

 ベヒーモスと戦っていた時には、とても想像できなかった光景だ。

 アラタ達に気が付くと、トーマスの弟と妹が小走りでやってくる。

 アラタとアンジェの目の前に来ると、2人の幼子は互いに顔を見合わせるとタイミングを合わせて、お辞儀をしていた。


「「まおうさん、めいどのおねーさん、たすけてくれてありがとうございました」」


 幼いながらも、しっかりとした口調でお礼を述べる2人に、どう返したものかと考える魔王に先んじて「ありがとう」と腰を下ろして握手をするメイド。

 彼女を見習い、少し遅れながらも握手をするアラタ。

 握手と言っても、幼子の手は小さいため指を握ってもらうという形である。

 2人の手は小さかったが、アラタの指を握る際には、確かな力強さがあることに少し驚いてしまう。

 そして、中々アラタの指から手を離そうとせず、やや困惑してしまう魔王であった。


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