第51話 ベッドの上のトーク

 アラタが目を覚ますと、そこはベッドの上であった。ぼんやりとした意識の中、天井を見ながらどうして自分はここにいるのかと考えていた。

 そして、少しずつ魔物と死闘を繰り広げた記憶がよみがえってくる。

 ふと、自分の右腕を見てみると、あれだけあった傷が跡形もなく消えており、痛みもなかった。再び天井を見つめながら、まるで狐につままれたような気分になる。


「あれは……夢だったんだろうか?」

「いいえ、夢ではありません。全て現実ですよ」


 アラタの独り言に間髪入れず、左隣から返答が聞こえてくる。

 そう言えば、さっきから隣から温かみを感じるとアラタは思っていた。それをすぐに確認しようとしなかったのは、まだ意識がまどろんでいたからか。

 声が聞こえてきた方に、アラタが顔を向けると、そこにはベッドに入り、添い寝をするアンジェの姿があった。

 以前、聖山アポロで見た、あの煽情的せんじょうてきなネグリジェ姿で、アラタの左腕に自らの身体をピッタリとくっ付けている。

 彼女の自称Fカップの胸が容赦なく、少年の触感を刺激する。

 胸元が大胆に開かれたデザインのためか、彼女の胸の大部分がダイレクトに接触し、その温かさと柔らかさが伝わってくる。


「!?」


 驚きのあまりに声を上げようとするアラタの口に人差し指を当てて「しー」と言うネグリジェメイド。


「大声を出してはいけませんよ、アラタ様。誰かが心配してこの部屋に来てしまいます。そしたら、この状況をどう説明するのですか? 傍から見たら完全に事後ですよ?」


 メイドの申し出に素直に頷くアラタではあったが、よくよく冷静になって考えてみると、自分がこんなに混乱しているのはアンジェの大胆な行動のせいではないかと思い直す。

 しかし、特に彼女に何かしら言い返す気にはなれなかった。

 今までアンジェと言い合いになって勝ったためしがなく、最終的にはいいようにあしらわれてしまうからだ。

 特に、今回のように彼女に先手を打たれている状況では戦いにもならないだろう。だが、この状況を是非説明してもらわなければならない。


「……あのさ、アンジェ。どうして君がここに、そんな姿でいるの?」


 まっとうな疑問に、一瞬考える様子を見せた後に口を開くネグリジェ姿のメイド。アラタは、この時点で彼女には真面目に答える気はないのだろうと推測する。


「……忘れてしまったのですか? 昨晩はあんなに熱い一夜を共にしたというのに……ショックです……私、初めてだったのに……」


 ややわざとらしい感じで悲しむ様子を見せるアンジェではあったが、彼女のこういった仕草に慣れ切っていたアラタは冷静に対処する。


「泣きまねはやめなさいよ。今回ばかりは真面目に答えてほしいんだけど」


 彼の真剣な態度を見て、少しだけ寂しそうな表情を見せた後、通常の真面目なメイドに戻るアンジェ。


「あの戦いで、アラタ様はかなりの深手を負ったため回復術で傷を治癒したのですが、その後も意識は戻りませんでした。そのため、すぐマリクに戻って宿屋で安静にしていただいたのです。アラタ様は2日間目を覚まさなかったのですよ」

「……そうか、2日間も……ありがとうアンジェ、傷を治してくれて」

「当然の事です。私は、魔王専属メイドなのですから」


 アラタ自身にとっては、ゾンビビエナとの戦いの記憶はつい先程のものであり、実際の時間経過とのギャップに少し混乱する。

 だが、言われてみれば熟眠感があるような気がしないでもない。であれば、それなりの間自分は寝ていたのだろうと納得できる。


「それと、私がここにいるのは、一時アラタ様に体温低下があったからです。おそらく大量出血のショックによるものだと思われますが」


 そこまで聞いて、ようやくこの状況が理解できた。アンジェは、自らの人肌でアラタを温めてくれていたらしい。


「そうだったのか。ありがとう、アンジェ。おかげで元気になったよ」

「痛み入ります……確かに体調が良くなったみたいで安心しました」


 そう言いながら、アラタの下半身に視線を向けるアンジェ。その表情には、やや困った様子が見られる。

 冷静沈着な彼女にしては珍しいと思ったアラタではあったが、彼女の視線の先に目を向けると、彼女の態度にも納得がいった。

 アラタの男性たるシンボルが自らの元気の良さをアピールしていたのである。

 慌てふためく魔王。何とか己の分身を鎮めようとするが、その意に反して元気の良さを未だに主張し続けていた。


「いや……これはだね、しょうがないんだよ。こうなるとコントロール不可能になっちゃうんだよ。…………ごめん」


 うなだれる10代青春真っただ中の魔王。そんな彼に衝撃的発言が送られる。


「いえ……元気なようですし良かったです。それに気にしないでください。アラタ様が寝ている間、お身体を拭いている時に、そこはずっとそうでしたし……その部分を拭いている時には、もっとすごかったですから……」

「なん……だって?」


 どうやら、アラタが気を失っていたこの2日間、身体の清潔を保つためにアンジェはアラタの清拭を行っていてくれたらしい。

 それこそ身体の隅から隅まで丁寧に行ってくれたとのことであった。

 思春期の少年にとって、それは衝撃的なことであり、彼女の献身的な行為にありがたみを感じる一方で気恥ずかしさが最高潮に達していた。

 そうこうしているうちに、いつの間にかアンジェはいつものメイド姿に着替えていた。


「では、食事を用意してきますね。少々お待ちください」


 相変わらずの、彼女の行動の早さに驚くアラタ。

 同時に、大事な部分を目の当たりにした彼女の冷静な様子に、うろたえているのは自分だけなのかと、やや情けないような気持ちになる。

 そう思いながら再びアンジェの顔に目を向けると、そこには顔を真っ赤にしてアラタを見つめるアンジェが佇んでいた。


「アラタ様……あの、その……許可なく勝手な事をして申し訳ありませんでした」


 今までアンジェが見せたことのない表情に少年はドキドキしていた。顔を赤くしながらシュンとする彼女に感謝とねぎらいの言葉をかける。

 自分のためを思ってやってくれたのだし、むしろ大変な思いをしながら介助してくれたのだから、感謝以外の事など思うはずがない。

 だが、最後の最後で爆弾を落としていくのが、アンジェクオリティーである。


「アラタ様の……大変立派であったと思います。トリーシャもそう言っていましたから……それでは食事を用意してきますね」


 アンジェが去った後、彼女の言葉の意味を理解するのに時間がかかっていた。会話の内容としては特に難しいわけではない。

 ただ、意外な登場人物が1人増えた事、さらにはその人物にも自らの大事な部分をさらした上に、感想まで述べられていた事実を、脳が認める事を拒絶しているのだ。


「ああああああああああ~~~!!」


 次にアンジェとトリーシャと顔を合わせた時、どのように接すればいいか分からず悩む少年の姿がそこにあった。

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